2016 Fiscal Year Research-status Report
ジェイムズ・ジョイスは歴史の悪夢を見るか:亡霊表象の理論/歴史的読解
Project/Area Number |
16K16794
|
Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
小林 広直 早稲田大学, 文学学術院, 助手 (60757194)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
|
Keywords | ジェイムズ・ジョイス / James Joyce / アイルランド / 憑在論 / イデオロギー / トラウマ / モダニズム / ジャック・デリダ |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度はジェイムズ・ジョイスの『若き日の芸術家の肖像』の亡霊表象の2つを検討し、いずれも口頭発表と論文化を行った。 第一に、『肖像』第3章で描かれる「地獄の説教」は、作者及び主人公のスティーヴン・デダラスにとって「トラウマ的経験」であり、その影響は亡霊のように彼に取り憑いていたわけであるが、作者は説教に心底怯える主人公を描くその一方で、神父の説教にいくつかの「間違い」(誤った引用)を含ませることで、説教の正統性、延いてはカトリック教会の正統性を密かに切り崩していること、さらには主人公の芸術信条である〈我仕えず〉が説教から「奪用/我有化」されていることが明らかになった。 第二に、『肖像』において、アイルランド独立運動の起源と見なされるウルフ・トーンの亡霊的表象を分析した。1798年の「ユナイテッド・アイリッシュメンの反乱」の指導者の1人であったトーンは、作者自身が「近代(政治)運動の英雄」と見なしているにも拘わらず、『肖像』では第5章に3度その名前が言及されるのみである。しかし、まだ6歳半と幼いスティーヴン少年の空想に出てくる「ボウデンズタウン」という地名は、トーンが埋葬されている場所である。作者はトーンの名前を隠したまま、ここで主人公がナショナリストの歴史に出会う瞬間のひとつ、言うなれば歴史というイデオロギーから「呼びかけられる」を密かに書き込んでおり、トーンについて知ることは主人公にとってアイルランドの「悪夢としての歴史」に目覚める瞬間であることが明らかになった。 以上2点の成果は、前者については「日本英文学会(第88回)」での口頭発表を経て、『肖像』百周年記念論集に掲載され(2016年12月)、後者は「日本英文学会関東支部(第13回)」での口頭発表を経て、2017年6月に刊行される日本ジェイムズ・ジョイス協会のJoycean Japanに掲載される事が決定した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
計画当初の段階では、本年度は『肖像』の歴史的人物(パーネル及びトーン)の亡霊表象ついて検証し、口頭発表と論文化を行う予定であったが、論集の刊行に併せて第3章の「地獄の説教」についても発表・論文化を行うことができたため、実りの多い年であったと自負している。ただし、論文化の作業に時間を取られ、予定していたアイルランド、ダブリン(国立図書館及びUCD/TCDの図書館)に於ける資料収集は実施することができなかった。これについては、反省すべき点としてここに記しておきたい。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成29年度では、『ユリシーズ』におけるレオポルド・ブルームの父の自殺と息子の死にまつわる記憶を再検証し、「息子」/「学ぶ者」のスティーヴンから「父」/「教える者」であるブルームへの変遷の中に、ジョイスの歴史認識の発展的変化と祖国との和解を検証する。これらにより、両主人公が経験する亡霊との遭遇=トラウマ的体験が、19世紀末から20世紀に至る植民地アイルランドの歴史と、特異な形で関わることが明らかになるであろう。 『ユリシーズ』では22歳のスティーヴンと38歳のブルームは「象徴的父子関係」を結ぶという解釈がこれまでは主流を成してきたが、Declan KiberdはUlysses and Us (2009)の中で、教える/学ぶという次元からもこの両主人公を解釈すべきであるという指摘を行った。これは、アイルランドから脱出し、自発的亡命を遂げた「成熟したジョイス」から、ダブリンに取り残される可能性のあった「若きジョイス」への「教育」という全く新しい視座であった。『肖像』のスティーヴンから『ユリシーズ』のスティーヴンを経て、ブルームへと至る生成変化として捉え直すことも可能である。 具体的には、第15挿話でのスティーヴンの母の亡霊と、ブルームの父と息子の亡霊の現れ方の違いに着目し、比較・検討を行う。スティーヴンの母とブルームの父は「息子」を叱責し、改悛を迫るその一方で、ブルームの息子ルーディは一切言葉を発せず、優しくブルームに微笑む。この対称性がいかなる原因によるのかを検討することで、カトリック・アイリッシュのスティーヴンと「ユダヤ人」ブルームの出会いと「教育」の意義が再考されるだろう。
|
Research Products
(4 results)