2016 Fiscal Year Research-status Report
作者性の諸相―中世ドイツ英雄叙事詩における歴史性と虚構性の問題
Project/Area Number |
16K16803
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
山本 潤 首都大学東京, 人文科学研究科, 准教授 (50613098)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | ドイツ中世文学 / 歴史意識 / 作者性 / 英雄叙事詩 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の主眼となる、中世に至るまで口伝されていた英雄文芸素材を書記化した、英雄叙事詩のテクストと作者の関係に関する解釈を始めるにあたり、平成28年度はまず俗語文芸創作のパトロンとしての役割を果たした、世俗君主層および聖職者の歴史意識に焦点を当てた研究を行った。具体的には、このジャンルの代表的作品『ニーベルンゲンの歌』およびそれへの聖職者的視点からの注釈的テクストとしての意味を持つ『ニーベルンゲンの哀歌』を取り上げた。両叙事詩の創作には聖職者、具体的にはパッサウの司教座が関わった蓋然性が高いとされている。こうした作品成立背景と写本伝承において両叙事詩の構築する複合的物語構造から、英雄伝承の語る物語/歴史に対する聖職者の視線を明らかにすることを試みた。 『ニーベルンゲンの歌』は、世俗の貴族階級にとっての歴史伝承としての機能を持っていたとみなされる英雄伝承を素材とし、素材由来の絶対的破滅に終わる物語と、その破滅の中で発揮される英雄たちの倫理を伝える作品であるが、その倫理自体を『ニーベルンゲンの哀歌』は否定する。そして英雄たちの世界の没落とその後のキリスト教的徳目を基軸とした世界の新たな始まりという歴史構造を『ニーベルンゲンの哀歌』は描いていることから、この二つで一つの伝承単位をなす「ニーベルンゲン叙事詩」には、英雄伝承の伝える過去を滅ぶべき世界として、神による救済史の一部へと統合しようとする聖職者的視点を読み取ることが可能との見解に至った。 以上の成果を、「記憶と忘却―『ニーベルンゲンの歌』の伝承において形成される黙示録的構造(『ドイツ文学』第154号、印刷中)」および「英雄たちの黄昏―『ニーベルンゲンの歌』および『ニーベルンゲンの哀歌』に見る英雄性への視線(『人文学報』第513-14号、49-66頁、2017年)」として公表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度の研究では、当初予定していた歴史的ディートリヒ叙事詩の研究に先立ち、『ニーベルンゲンの歌』および『ニーベルンゲンの哀歌』を、作品素材に創作依頼者が及ぼす「作者性」という観点からとらえなおし、英雄伝承素材の作品化の持つ一側面を明らかにすることができた。また、歴史的ディートリヒ叙事詩の研究に関しては、基礎文献を整備するとともに、夏期にオーストリア国立図書館を訪問し、同館所蔵の2冊の写本(『ディートリヒの逃亡』と『ラヴェンナの戦い』を収録するCod. 2779およびこの二作品と研究上比較対照する必要のある『オルトニート』と『ヴォルフディートリヒ』を収録するCod. 15478)の閲覧調査を行った。これにより得られた成果に関しては、29年度に執筆する論文に盛り込んでゆく予定である。また、海外研究者を招聘してのコロキウムも予定していたが、先方との調整がつかなかったため、これに関しては29年度以降に実現させたい。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度は、28年度の研究を通して得られた知見をもとに、歴史的ディートリヒ叙事詩に主に取り組む予定である。その際に、元来は異なる出自を持つにも関わらず、中世盛期にディートリヒ叙事詩と緊密に結びつくこととなった『オルトニート』および『ヴォルフディートリヒ』との比較検証を視野に入れる。この二作品は、異稿が多く存在し、最新の研究を参照しつつ精読する必要があるため、比較的長めの時間を割く予定である。また、研究過程で得た知見を写本閲覧を通して深めるため、再びオーストリア国立図書館の訪問を予定している。また、ドイツ語圏の研究者との意見交換を行うため、上記の図書館訪問と合わせ10日程度の渡欧を行う。それに加え、日本にドイツ語圏の研究者を招聘し、小規模のコロキウムを開催する予定である。
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Causes of Carryover |
当初ドイツ語圏の研究者を日本に招聘し、意見交換およびコロキウムを行う予定でいたが、候補に考えていた研究者が在外研究中であり、日程調整がうまくいかなかったため、予定を平成29ないし30年度に変更することとなった。そのため、今年度は基礎文献および資料収集のためのみ予算を使い、残りを平成29年度以降にまわすこととした。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
上述のように、今年度は先方とこちらの都合が合わず、意見交換およびコロキウムの開催が実現できなかったため、29年度以降の渡欧の旅費および謝礼金に繰り越し分を使用する。また、購入予定の図書も高額なものが何点かあるため、それにも平成29ないし30年度の予算を合わせて当てる予定である。
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