2018 Fiscal Year Research-status Report
上古中国語における否定詞体系の通時的研究―出土文字資料を中心に―
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16K16836
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Research Institution | Nishogakusha University |
Principal Investigator |
戸内 俊介 二松學舍大學, 文学部, 准教授 (70713048)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 上古中国語 / 否定詞 / 非対格動詞 / 不/弗 / 毋/勿 / 限界性(telic) |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度は、まず甲骨文の「不」と「弗」について、2017年度の発表した研究「甲骨文の非對格動詞から見る「不」と「弗」の否定機能差異」(『東洋文化 98号 特集:出土文献と秦楚文化(Ⅰ)』、東京大学東洋文化研究所)で示した見解について、いくつか修正すべき点が生じたので、その修正案を「再び甲骨文の「不」と「弗」について―使役との関わりから―」(池田巧編『シナ=チベット系諸言語の文法現象2:使役句の構造』、京都大学人文科学研究所)で発表した。その要旨は、甲骨文の「弗」は、文の表す事態の時間軸上の展開が終結点に至らないこと、何らかの変化が実現に至らないことを示す限界性(telic)の否定詞であり、一方「不」はアスペクチュアリティにおいて無標の否定詞であるというもので、「弗」を使役の否定、「不」を状態パーフェクトの否定であるとした2017年度の論文の結論を改めた。 加えて、「出土文献から見る上古中国語の“文法化”について」(2018年12月、東方学会東洋学・アジア研究連絡協議会シンポジウム「近未来の東洋学・アジア研究―言葉の重みを受けとめ、いかにその壁を超えるか―」)及び「出土文字資料に見える古代中国語文法の変遷―「其」を中心に―」(2019年2月、漢字学研究会シンポジウム「中国古文字学研究の最前線」)の2回の招待講演において、甲骨文と春秋戦国期の言語に、文法面で多岐にわたる軽視できない差があることを挙げつつ、両者が基盤とする言語がそれぞれ異なった方言であると見なしたうえで、大西克也「上古中國語の否定詞“弗”と“不”の使い分けについて」(『日本中國學會報』第40集,1988年)に基づき、後者が前者より保守的な傾向があることを想定し、その上で「弗=不+之」が言語的により古い形を保存した語で、甲骨文の「弗」の機能は、「弗=不+之」に由来する可能性があることを示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2019年度は2018年度の論文の修正案を国際学会「再議甲骨文中的否定詞“不”與“弗”的語義功能區別―兼論甲骨文的非賓格動詞(2018年8月,文字、文獻與文明―第七屆出土文獻青年學者論壇曁國際學術研討會)で発表した上で、研究をさらに精緻にしつつ、論文として「再び甲骨文の「不」と「弗」について―使役との関わりから―」(池田巧編『シナ=チベット系諸言語の文法現象2:使役句の構造』、京都大学人文科学研究所)にまとめられたことは、大きな進展である。また、修正案によって、甲骨文の否定詞の体系(「弗」:文の表す事態の時間軸上の展開が終結点に至らないこと、何らかの変化が実現に至らないことを示す限界性(telic)の否定詞。「不」:アスペクチュアリティ上、無標の否定詞)と、春秋戦国時代の否定詞の体系(「弗」:「不」と目的語代名詞「之」が音声的に結合した合音語。「不」:目的語を包含しない否定詞)の継承関係について、一定の目途がついた。すなわち、時代的に後の春秋戦国時代の否定詞体系が、時代の古い甲骨文の否定詞の体系よりも保守的であり、言語変化という点では、春秋時代の否定詞が大本となり、甲骨文の否定詞はそれが変化した形式である、というものである。この観点については、幸いにいくつかの招待講演で発表する機会を得ることができ、研究の進捗を促がした。 一方で、甲骨文と春秋戦国時代の間に位置する、西周金文の否定詞についてはまだ研究がそれほど進んでおらず、この点において進捗状況の遅れを感じる。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度は、西周時代の否定詞「不、弗、毋、勿」の研究を引き続き遂行する。さらに、2019年度は、漢代における「不」と「弗」の推移についても研究を行う。漢代以降、声母が*p-系統の否定詞は、文字上は「弗」が徐々に衰退するとともに、「不」が主流を占めるようになるが、一方で、さらに時代が下った唐代では、「不」が「弗」の発音となっている様子が、韻書や唐詩の押韻から看取される。なぜ、漢代から唐代にかけて「不」が本来の字音ではない「弗」の音を継承するに至ったのか。現状、以下の3つの条件が複層的に重なり合った結果だという見通しを立てている。 ①「訓読」の影響:「訓読」とは、漢字相互間の意味の近接性を媒介とした読み替え現象を指し、例えば楚簡には「卉」字を{草}に、「坐」字を{跪}に、「視」字を{見}に読み替える訓読が見える。翻って、この現象を否定詞の置き換えに当てはめてみると、日常的に馴染み深い「不」字を用いて、{弗}に読み替えたと理解ができるが、このとき「不」は「弗」の音をも持つようになったと推定できる。 ②否定表現の発音上の明確化:口語層においては、否定文を言い表す際、否定詞そのものが言うまでもなく、伝達上明確にせねばならない重要な情報であるが、「不」が本来の字音ではない入声韻「弗」を持つようになったのは、否定詞に対するこのような情報構造上の要請を背景としているのかもしれない。 ③昭帝の避諱:昭帝の名の「弗」を避けた結果、「弗」の出現頻度が減り、「不」がより広範に用いられるようになって以降、文字上では「不」でも、発音上では「弗」という状況が一般化していったと想像される。 以上の漢代の「不」と「弗」の推移については、2019年9月に台湾で開催される国際学会「漢語語法化的通與變國際學術研討會曁第十一屆海峽兩岸漢語語法史研討會」で口頭発表する予定である。
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Causes of Carryover |
研究代表者は、来年度9月4日に国立台湾師範大学で行われる国際学会「漢語語法化的通與變國際學術研討會曁第十一屆海峽兩岸漢語語法史研討會」の発表にエントリーしている。この学会で、漢代から唐代までの間に、「不」がなぜ「弗」の字音を継承するに至ったのか、その原因について、研究発表を行い、他研究者の意見を求め、研究をより精緻にしたいと考えている。以上が延長を申請した理由である。
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Research Products
(5 results)