2016 Fiscal Year Research-status Report
ケアの臨床現場における間身体性に関する人類学的研究
Project/Area Number |
16K16965
|
Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
中村 沙絵 京都大学, アジア・アフリカ地域研究研究科, 准教授 (80751205)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | 響応する身体 / 文化的装置 / ケアの人類学 / スリランカ |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度は、スリランカの老人施設におけるフィールドワークをもとにしたこれまでの研究の内容を「情動や間身体性の領域と関わる経験が、行為者たちをとりまく環境や文脈といかに関わりあうか」という本研究プロジェクトの主旨もふまえながら再検討し、成果を国内外での発表や論文・単著(『響応する身体―スリランカの老人施設ヴァディヒティ・ニヴァーサの民族誌』)刊行のかたちで公開した。この過程のなかで、臨床現場での出来事を構成する人・モノの相互応答プロセスや、慣習的に身体化された他者やモノに対する姿勢や所作(身体的ヘクシス)の記述にあたって、「文化的道具(cultural tool)」という概念がもつ有用性と限界性とが明らかになった。 成果発表のほかにも、スリランカ西南海岸(コロンボ県)・中央部(キャンディ県)・東海岸(バティカロア県)と日本・熊本県水俣市を(短期間ではあるが)訪問し、暴力の記憶や離別、あるいは公害被害を起因とする身体的不調や人権侵害、あるいは生態環境の破壊といった問題群に向き合い/寄り添う当事者や支援団体・人々から話を伺った。ケアと間身体的経験にかかわる事象について方法論的な問題提起を行うことを目的とする本研究にとっては、「シンハラ社会の老い」だけにとどまらず、異なる地域社会や分野(トピック)との比較検討が肝要だと考えたからである。内戦と記憶の問題を長年追ってきたスリランカの人類学者と写真家による、同国の民族関係・宗教実践・喪を題材とした写真展「女神を召喚する」の開催も、類似の関心をもちながら異なるトピックに取り組む研究者との対話という意義があり、本研究の射程を広げるきっかけとなった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
単著推敲・刊行の過程をとおして、理論的・方法論的な考察が進んだ。とりわけ本年度の課題については、既存のデータをもとに記述の再構成を試みる中で、おおむね今後への道筋や課題がみえてきた。その半面、一事例(地域・分野)のみの考察には限界があり、視野を広げて比較するという必要性が浮き彫りになった。そこで本年度はそのための予備的調査を開始したが、十分な時間を確保できず、現地の人びととの十分なラポール形成にはまだ時間がかかりそうである。
|
Strategy for Future Research Activity |
①刊行された単著をもとに、本研究の主旨に沿った論文を国内外で発表し、そこで受けた批評をもとに理論的・方法論的精査を行っていく。また、他地域・他分野の事例との比較検討という課題については、②今後も自分で新しい調査地に出向き、関係性を深めながら本格的な調査に結び付けていくことに加え、③既に着手されている様々な研究(異分野・異地域)との相互参照の場(発表・ディスカッション)を設け、共同研究への準備を進める。
|
Causes of Carryover |
当初は旅費を多めに計上していたものの、単著刊行を主とする成果発表に主な時間を割くことになったのと、調査地の状況等により、現地調査期間が予定よりも短くなったことが主な理由である。また日本も射程に入れながら調査地を選定したため、旅費が抑えられたこともある。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
①28年度に刊行した単著の成果を広く公表し、今後への課題を明確化するためにも、人類学・南アジア研究の分野のみならず、他ディシプリンの研究者や、現場でも活躍する在野の研究者の方々を招き対談・ディスカッションの場を積極的に設けていく予定である。そのための旅費・(準備のための)人件費などとして使用する。②28年度の予備的な調査にもとづき、29年度はスリランカでの調査を夏期・冬期とより本格的に実施する。日本での調査は、重要な会合等がある際には頻繁に赴くようにし、短期でも回数を重ねることで理解を深めていく。③調査地をシンハラ社会のみならず、スリランカの他民族の社会や日本へと広げるなかで、新たな基礎的文献や資料収集の必要性が浮上した。書籍や資料の蒐集のため物品費として使用する。
|