2016 Fiscal Year Research-status Report
船上生活者の教育と福祉に関する文化人類学的研究:日本・中国の都市部と村落部の比較
Project/Area Number |
16K16968
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Research Institution | Nanzan University |
Principal Investigator |
藤川 美代子 南山大学, 人文学部, 准教授 (10749550)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 船上生活者 / 教育 / 福祉 / 陸上がり / マイノリティ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、国家の理念や政治体制に大きな差異が認められる近代以降の日本と中国において、船上生活者の子どもをめぐり実施されてきた学校教育・社会福祉のあり方を比較検討し、それらが持つ意味を、「国家の意図」と「当事者の受け止め方」の両面から考察することを目指している。 2016年度は、日本(名古屋市)・中国(福建省福州市・ショウ州市)・台湾(台北市)において現地調査および資料調査を実施した。同時に、日本・中国の教育制度に関連する文献の収集に努めた。また、教育・福祉を含む一連の「陸上がり」が船上生活者にとっていかなる意味を持つのかをより広い視点から理解すべく、日本・中国(大陸・香港)・タイをフィールドとする若手の研究者とともに考えるシンポジウムを開催した。 日本に関しては、船上生活者の文明化(教育水準の向上、児童福祉の拡充)と定住化を抱き合わせにした政策が大正期の都市港湾部に出現していたこと、それが陸上世界の治安維持という文脈と密接に関わっていたことが明らかになった。中国については、共産党政権による統治システムが、船上生活者の教育・福祉を含む陸上がりの過程に大きな影響をもたらしていたことがわかった。建国前から、財や権力をもたざる者たちのよき理解者であらねばならぬとの宿命を負いつづけてきた為政者にとって、船上生活者に定住用地を割譲し、集合住宅を建設・分配する行為は、もたざる者の救済という自らの責務を体現する上で恰好の材料となったはずであり、船上生活者の小学校開設・寄宿舎設置も、大きな役割を担ったからである。ただし、これは子どもたちの未来を一元的に陸上へと開くことにはつながらなかったのも事実である。たとえば、福建省ショウ州市の連家船漁民の場合、義務教育以上の学歴を得るために陸上で長い時間を過ごしてもなお、水上の船に生業・生活の場を求めることが多いからである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
初年度は、国家と船上生活者をつなぐ、4つのマクロ・ミクロな文脈(①近代以降の「国民像」と教育制度の歴史、②船上生活者を学校へ向かわせる力、③教育・福祉の実践、④船上生活者の受け止め方)を明らかにするために必要と考えられる、初歩的な調査・研究を進めることを目指した。そのために、具体的な調査地の選定、調査対象者とのラ・ポール形成、現存史料の調査、船上生活者をめぐる近代的状況の全体的把握を主な目標として定めた。 まず、新たな調査地の開拓を試みた。名古屋港の歴史に関する史料調査に取り組み始めており、当時の状況に詳しい人物を紹介していただくなど各方面の協力を得ることができた。中国については福建省福州市近郊の村を訪れ、元・船上生活者に幼少期の話を聞くことができた。しかし、日本・中国ともに、教育・福祉の実践者としての元・教員や施設職員と接触することはできていない。 また、台湾の史料館へ赴き、国民党政権下の中国に関する史料調査にも着手している。しかし、史料の所在についての全体像はまだ不明である。さらに、近年の中国では近代以降の公文書を外国人に公開することが基本的に認められず、詳細な史料調査は難航を極めている。そこで、新聞や雑誌の記事、教科書を対象とした新たな資料調査へと手法を転換する必要があると考えている。 以上の点から、初年度の実施状況は、計画よりはやや遅れていると言わざるを得ない。しかし、近代以降、アジア各地の船上生活者が経験してきた「陸上がり」「定住」をめぐるさまざまな政策については一定の理解へと到達しており、概ね計画どおりに進展していると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、教科書・副読本・新聞・雑誌、教育・福祉制度に関わる法律・条例集、行政主体で進められる社会調査の結果の分析を通して、①国家が描いてきた「国民像」と教育制度・社会福祉制度の関係性をめぐる歴史的状況、②船上生活者を学校へ向かわせる社会システムの歴史的変遷について解明することに注力する。また、③教育や福祉の現場に関わってきた元・教員や用務員、保育士といった人々の回想録やインタビューを通して、学校や宿舎における教育・福祉実践の実態を描き出すこと、④都市と漁村の船上生活者の元でのインタビューや参与観察を通して、教育・福祉実践を受け止める船上生活者自身の受容・拒絶・無関心といった態度について明らかにすることが不可欠である。 とりわけ、日本と中国という国家の差異や時代背景の差異のみならず、同時代の同国内においても、農村部(=僻地)と都市部(=中心部)という地域差が、彼らを取り巻く教育・福祉制度のあり方といかに関わっているかに注意深くあることを心がける。 現地調査と史料調査で得られたデータによって、ある程度の結論が導き出せそうな部分から、研究代表者(藤川)の所属大学で開かれる研究会などでその成果を口頭発表する。研究会では、広く研究者たちからの知見を吸収し、最終年度の成果取りまとめにつなげるつもりである。
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Causes of Carryover |
海外在住研究協力者の訪日調査に関連して、Wifi借用料を申請したが、計画時の推定金額よりも少額で済んだため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
物品購入費の一部として使用する。
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