2017 Fiscal Year Research-status Report
船上生活者の教育と福祉に関する文化人類学的研究:日本・中国の都市部と村落部の比較
Project/Area Number |
16K16968
|
Research Institution | Nanzan University |
Principal Investigator |
藤川 美代子 南山大学, 人文学部, 准教授 (10749550)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 船上生活者 / 教育 / 福祉 / 陸上がり / マイノリティ |
Outline of Annual Research Achievements |
日本については都市部の各種行政資料・小学校発行の文集・写真・港湾労働者の労働運動関係資料等の記録を収集した。そこから、船上生活者の児童のための学校・寄宿舎が建設される経緯やそこでの子どもたちの経験、陸上の家屋建設の流れ(関東大震災後の復興住宅、労働運動との関係、汽車住宅の設置等)を分析するための素地を作ることができた。特に名古屋市公文書館の文書からは、港区に水上児童寮(昭和17年)が設立されるまでには、行政担当者がすでに開設されていた東京都水上尋常小学校(昭和5年)や神戸市立水上児童寮(昭和12年)への査察やニューズレターや手紙のやりとりをくり返していた様子を垣間見ることができた。また、名古屋市港区で育った男性(60代、両親が船上生活経験者)へのインタビューからは、知多半島の内陸出身の父親にとって海運会社へ就職はいわば「憧れ」であったこと、操船技術をもたなくとも船を任されて荷の運搬を担っていたこと、母親と自身が陸上の家屋に住み始めた後も父親は一人で船と家屋を行き来しながら運搬をしていたことなどを知ることができた。さらに資料からは、都市部の船上生活者の居住問題は震災・戦災による混乱や土地価格高騰といった都市部特有の住宅難と密接に関わっていたことがわかった。 中国では、船上生活者を学校へ向かわせる社会システムを分析するために、操船免許制度の導入がもたらした影響についてインタビューを試みた。導入当時(正確な年代は不詳)、一定以上の年齢に達していた船上生活者たちは「すでに操船技術を有している」という事実に基づき試験を免除されたこと、他の者が小型漁船の操船免許を獲得するためには小学校を会場にして1週間ほど実施される出張講座の受講とルールの理解度を測る選択式の試験が課されたが、識字能力のない者には特別な方法が採られていたことなどがわかった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、長期の目標として国家の理念や政治体制に大きな差異が認められる近代以降の日本と中国において、船上生活者の子どもたちをめぐり実施されてきた学校教育・社会福祉のあり方を比較検討し、それらが持つ意味を、「国家の意図」というマクロな側面と、「当事者の受け止め方」というミクロな側面から考察することを掲げている。 平成28年度は、船上生活者の学校教育・社会福祉を理解するために欠かせない歴史的背景(日本では、大正期以降の都市部における治安維持の要請と学校教育の関係について。中国では、定住用地の割譲、集合住宅の建設・分配と学校教育の関係について)の把握に努めた。それを受け、平成29年度は、主に日本の都市部(東京・名古屋・神戸)の行政資料・小学校発行の文集等の記録を収集し、船上生活者の児童のための学校・寄宿舎が建設される経緯や子どもたちの経験、陸上の家屋建設の流れ(関東大震災後の復興住宅、労働運動との関係、汽車住宅の設置等)に注力した。中国については船上生活者を学校へ向かわせる社会システムの歴史的変遷の一端として操船免許制度の導入が彼らにもたらした影響について考察した。 当初の計画どおり、順調に調査・研究を進めることができている。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は、行政資料や教科書、副読本といったテキストの分析を通して、日本と中国において1)国家が描いてきた「国民像」と教育制度・社会福祉制度の関係性をめぐる歴史的状況を考察し、2)「浮浪児」(日本)・「文盲」(中国)といった関連する概念が船上生活者の子どもの教育・福祉推進に与えた影響について分析することを目指す。また、長期目標達成のためには、教育や福祉の現場に関わってきた元・教員や用務員、保育士といった人々の回想録やインタビューを通して、3)学校や宿舎における教育・福祉実践の実態を描き出すこと、4)都市と漁村の船上生活者の元でのインタビューや参与観察を通して、教育・福祉実践を受け止める船上生活者自身の受容・拒絶・無関心といった態度について明らかにすることが不可欠である。 1)と2)に重点を置きながら、機会を見つけて3)と4)の解明にも尽力する。
|
Causes of Carryover |
書籍の購入の必要性が生じたため、平成30年度の経費で支払った。
|
Research Products
(2 results)