2020 Fiscal Year Research-status Report
子どもを巡る科学的実践と「教育なるもの」の生成に関する思想史研究
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16K17390
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
藤田 雄飛 九州大学, 人間環境学研究院, 准教授 (90580738)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 人間諸科学的知 / 科学的実践 / 環世界 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、科学において想定される知のあり方を科学者・研究者の知的な営為に閉じること無く、人々の日常的な実践を含めたものへと拡張することをめざしてきた。このような関心から、子どもを巡る様々な実践や理論のうちで発達や成長という概念がどのように構築されていくのかを明らかにするということを研究目的としてきた。 令和2年度は、昨年度取り組んでいた教育実践領域についての研究がコロナ禍の影響で困難になったこともあり、再度理論的な研究を推し進めることへと転換し、自閉症児における「潜勢力」に関する研究((1)『教育と医学』掲載)、および近代科学とは別なる論理形式の可能性としての「具体の科学」に関する研究((2)『教育学術新聞』掲載)に取り組むとともに、昨年度投稿を行った国際ジャーナル『Budhi:a journal of Ideas and Culture』の投稿論文のリバイスによって、人間と環境のトランザクション(相互作用)に関する基礎研究(3)『Budhi』掲載)に従事した。 研究成果論文(1)では、アガンベンの潜勢力の概念をもとに、自閉症としての存在が定型的な社会に対して有する批判的な機能について検討している。定型的で資本主義的な価値観に対する根源的な「否」としての可能性を示すことを目指した。研究成果(2)では、科学的思考から疎外されてしまいかねない野生の思考を、具体の科学のあり方として検討したレヴィ=ストロースの文脈を受けて、実践がそれ自体で有する論理を見ることの重要性を指摘した。研究成果論文(3)では、生物学者ユクスキュルが提示した環世界概念をもとに、人間の成長・発達を人間と環境の相互的な変容として捉え直すことを企図して、主にメルロ=ポンティの『自然講義』や『知覚の現象学』を検討している。身体図式の変容に関する理論的研究および、「環世界」概念を発達・成長を語るための思想として再定義する作業を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
令和2年度は当初の計画では「子どもを巡る知」の生成に関する歴史的な視点および実践的な視点からの研究を目指していたが、歴史資料に関する調査の難しさと実践領域への参与の難しさによって、当初の目的を果たすことが叶わなかった。令和元年度までに取り組んだ教育的な価値の生成に関する思想史研究を踏まえて課題として持ち上がって来た、実践領域における科学的な知の絡み合いについての論証はいまだに積み残したままとなっている。特に、子どもの身体に向けられた様々な目差しを歴史学的に研究しているフランスのカトリーヌ・ロレの歴史人口動態学、それと関連する小児医学や子どもの発達や健康や身体測定に関する文献・資料の読解は依然として課題である。この歴史的な文脈を確認するために、令和元年度以降、延期してきている一次史資料の収集については、コロナウィルスの感染拡大に伴う世界的な災禍の影響によって令和2年度も不可能であった。フランスのアルシーブ・ナショナルや国立図書館での史資料の閲覧の可能性を今後も模索したい。 他方で、理論研究について取り組むための意識の転換が促された点は、本研究にとっても重要であったと言える。特に、計画段階では想定していなかったレヴィ=ストロースの「具体の科学」についての検討や、ジョルジュ・アガンベンの「潜勢力」に関する研究を通して、科学というもののオルタナティブを多様に志向することの意義に開かれた点は、本研究の基礎部分を補強するものとなったと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は子どもを巡る諸実践のなかに現れる科学について検討することを課題としてきた。合わせて、本研究は科学というものの存在領域を科学者の知的営為から拡張し、人々の実践へと接続することを目指してきているが、そのための理論研究および実践の分析についてはまだ充分とは言い難い。特に人間の身体を巡る諸研究と諸実践は、発達や成長などを一つの価値として位置づけてきたと考えられるが、そのルーツを19-20世紀の心理学や小児医学や教育学の文脈から明らかにする作業については取り組む予定である。その際、19-20世紀フランスの子どもの健康を巡る医学的知や国際会議の動向について検討するとともに、ミッシェル・フーコーの『監獄の誕生』において検討された、身体を巡る実践のなかの教育的な論理を明らかにする作業も必要となるように思われる。このことはフーコーの規律・訓練権力との関係において「生権力」を分析対象とするものと考えられるため、教育学上も重要な視点を提供するものとなると予測される。さらに、これまで取り組んできた文脈を総合し、本研究が目指してきた科学的実践の拡張について、思想や実践史、今日的実践から複合的に明らかにすることを目指す。 なお、現在のコロナウイルスの感染状況においては、令和元年度に取り組みを検討した実践領域としての特別支援教育に関する訪問調査や史資料の収集のための海外での調査は実質的に困難となる可能性が高い。そのため、最終年度ではあるが理論的で基礎的な研究を中心とした研究へと方向を変更する必要があるという認識のもとで、令和3年度の研究を遂行する予定である。
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Causes of Carryover |
令和元年度に引き続き、令和2年度も予定では最終年度にあたることになっていたため、これまで研究してきた内容を裏付けるためにフランスにて資史料の収集と確認を行うことを予定していた。また、令和元年度に構想に着手した特別支援教育の実践研究についても、令和2年度のコロナウイルスの感染爆発によって調査研究が困難になった。加えて、研究の取りまとめとともに報告書を作成することになっていたが、同様の状況下で研究関心および研究領域を理論研究に再度戻す必要が生じたため、研究を1年間延長する必要が出た。なお、フランスでの資史料の収集については、令和2年度に入って特に広がったコロナウイルスの世界的な流行と海外渡航制限によって、予定を断念せざるを得ない状況が生じた。緊急事態宣言の発出もあり、研究自体が大きく遅れてしまう事態が生じたこともあり、研究期間を再度延長すると共に、令和2年度予定していた活動を令和3年度に実施するために、繰り越しを行うこととなった。 令和3年度については、計画としてはフランスでの資料確認を行いたいと考えている。しかしながら、現在の状況ではそれを想定することはまだ困難であるため、必要に応じて、文献や史資料及び閲覧用の電子機器を購入することに変更し、研究を遂行する。
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