2016 Fiscal Year Research-status Report
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16K17696
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
八田 佳孝 京都大学, 基礎物理学研究所, 准教授 (00512534)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 相対論的重イオン衝突 / 流体力学 / 楕円フロー / 熱平衡化 |
Outline of Annual Research Achievements |
RHICやLHCなどの加速器で行われている相対論的重イオン衝突実験では、終状態に生成された粒子間の相互作用によって熱平衡状態(クォーくグルオンプラズマ)が実現し、膨張しながら系全体として流体力学で記述される集団運動を起こす。その実験的証拠の一つが楕円フローv2と呼ばれる観測量であり、非中心衝突の際に生成される粒子分布の方位角方向の楕円変形の度合いを示す量である。我々の以前の研究ではv2、さらにより高次の変形を表す観測量vn(nは2以上の整数)を流体力学の解析解を用いて解析的に計算し、その粘性係数や化学ポテンシャルに対する依存性を調べた。特に、粒子と反粒子のvnの差は質量を無視すると化学ポテンシャルと粘性の両方に比例することが分かった。この結果をもとに、RHICのSTARコラボレーションが測定した電荷非対称の関数としての粒子、反粒子のv2の差を説明しようとすると、パイ中間子に対しては実験結果を説明できたが、K中間子に対しては符号が合わなかった。この観測量はいわゆるカイラル磁気波(chiral magnetic wave, CMW)のシグナルとして予言されていたもので、STARの実験結果はパイ中間子とK中間子で同じ符号を示し、CMWの予言とコンシステントになっている。我々は次の改良を行ってK中間子の場合に符号の反転が見られるかを調べた。まず、これまでに無視していた粒子の質量の効果を取り入れた。次に、古典的なボルツマン分布ではなく、量子的なボースアインシュタイン分布を用いた。そして実際の実験で測定される横運動量pTの区間のみ積分してv2を再評価した。結果は、いずれの場合にも符号の反転は起きなかった。これは通常の流体力学の枠内でK中間子のv2の差を説明できないことを示唆し、CMWによる解釈がfavorされるということを意味する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
K中間子の質量は500MeVと重く、観測されるpTの領域と同程度であるため、質量の効果は重要である。しかし、実際に計算してみると、v2の符号は反転せず、絶対値が大きくなって余計に実験データと食い違う傾向を示した。また、質量と粘性を無視した場合にボースアインシュタイン分布を用いて計算すると、フガシティによる低次の展開では一見v2の差がゼロでないように見える。しかし無限次まで展開を行うと、v2の差がゼロになることを解析的に証明することができた。v2の差を出すためには粒子に質量を入れる、またはpTの積分をゼロから無限大まででなく、有限の区間に限定する必要がある。これらはどちらも実際の実験の状況と合わせるために必要な修正である。そこで、まず質量mを有限にし、pT積分を無限大まで行った。mが温度Tに比べて小さい場合にはm/Tの展開として解析的にv2の差を計算できることが分かった。しかし符号の反転は見られなかった。次に質量とpT積分の範囲を現実的な値にして数値計算を行ったが、使ったパラメターの範囲では結局符号は変わらなかった。いずれにせよボースアインシュタイン分布の効果はK中間子にはそれほど重要でないため、これによって結果が大きく変わることはなさそうである。一方でパイ中間子には効果が大きく、定量的に実験結果とよりよく合う方向に向かうことが分かった。ここでの結論は、通常の流体力学ではSTARの実験結果を説明できず、CMWなどの`anomalous'な流体力学が必要になるかもしれないということである。これは重要なメッセージであるが、「説明できなかった」というネガティブな結果自体は論文にするのは難しいと感じている。
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Strategy for Future Research Activity |
2017年2月に開催された国際会議Quark Matterで、陽子重イオン衝突においても重イオン衝突の時と同程度のパイ中間子のv2の差が観測されて分野に衝撃が走った。陽子重イオン衝突では生成される磁場が桁違いに小さく、CMWの効果はないと考えられるからである。つまり、最も有力だと思われたCMWによる説明さえも否定されたことになる。このような予期せぬ状況のもと、今後の方針として、我々の解析計算を`anomalous'な流体力学シミュレーションに組み入れることを考えており、7月の中国出張時にインディアナ州立大学のJinfeng Liao氏と議論を行う予定である。また、上記計画がうまくいかない場合のことも念頭に、重イオン衝突におけるボースアインシュタイン凝縮の研究を始めている。重イオン衝突のような非平衡状態が流体力学が適用できる局所熱平衡状態に達するときに、初期の粒子数に応じて、中間状態にボースアインシュタイン凝縮が起きる可能性が示唆されている。我々は場の理論の最も完全な枠組みである2PI形式を用いてボースアインシュタイン凝縮の生成可能性を調べている。こちらは順調であり、現在論文を準備中である。
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Research Products
(1 results)