2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K17780
|
Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
伊藤 創祐 東京工業大学, 理学院, JSPS特別研究員 (00771221)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | 情報熱力学 / シグナル伝達 / 大腸菌走化性 / 移動エントロピー / Markovネットワーク / Onsager相反関係 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該当年度は, シグナル伝達系の情報熱力学の理論発展と実験検証の研究を行う上でシグナル伝達系の生物の実験家との密接な環境が必要だという観点から, オランダ, アムステルダムにあるFOM Institute AMOLFに1年間滞在した. FOM Institute AMOLFは大腸菌(E.coli)走化性シグナル伝達のFRET計測による可視化技術を持っているため, この技術を利用して情報熱力学をシグナル伝達系で実験的に検証できるかどうかを模索した. さらに情報熱力学のシグナル伝達系への新たな応用例を探すという観点から, 生体時計のシグナル伝達系に着目して情報熱力学を応用する研究を始めた. これは研究計画における『様々なシグナル伝達系での数値解析』のアプローチに相当するものである. また当該当年度は, シグナル伝達系の情報熱力学に関連する2つの論文出版, 2つの書籍出版, および2つの解説記事の投稿と出版を行った. 出版された論文はMarkovネットワークを用いてOnsager相反定理を情報熱力学的に拡張するという研究と, 情報の流れの一種である移動エントロピー(transfer entropy)を時間反転方向で定義して情報熱力学に導入したものが挙げられる. これらの研究は, 研究計画にあるように情報熱力学的観点からシグナル伝達系における真の「効率」を考える上で, どのような物理的な制約を考慮する必要があるのかという観点から重要な位置付けになるだろうと期待している. また情報理論と情報熱力学のアナロジーと違いも移動エントロピーの研究によって明確になったため, レート歪み理論に代表されるような情報理論を用いた情報熱力学の拡張もさらなる進展が期待できる.
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
アプローチ1における「レート歪み理論に基づいた情報熱力学の拡張」の研究は, その前段階の研究に終始することとなった. 例えば, 情報熱力学と情報理論のアナロジーと違いを明確にする研究や, 情報熱力学的に考えられる物理的な制約として, Onsager相反定理によって情報通信に対して如何に熱的な影響が起こりうるかを理解する研究など, いわゆる前段階の研究に主に従事した. 一方で, アプローチ2における「様々なシグナル伝達モデルでの数値解析」を, 前倒し的に進めることができた. 研究計画で述べた代謝のシグナル伝達系への情報熱力学の応用の研究として, インスリンのシグナル伝達系ではなく, 代謝をコントロールしている生体時計側のシグナル伝達系に情報熱力学を応用することとなった. これは, Kaiタンパク質群に代表される生体時計のシグナル伝達系は, 構成要素が少ない上に詳しく調べられているため, 理論の適用を行う上で適したモデルであったことが大きい. さらに実験家の協力によって, 数理モデルにおける数値研究だけではなく, 大腸菌走化性の実験データを用いた解析ができうる状況になっている. この点に関しては当初計画していた以上の研究の進展である.
|
Strategy for Future Research Activity |
現在, 研究計画におけるアプローチ2「様々なシグナル伝達モデルでの数値解析」が順調に推移しているため, 今後はこのアプローチをより推進していきたいと考えている. 扱うシステムは, 体内時計のシグナル伝達系であるKaiタンパク質群の数理モデルと, 大腸菌走化性の実験データである. これは当初の研究計画から変更されている点でもある. 扱う数理モデルをインスリンのシグナル伝達系から体内時計のシグナル伝達系に変更した大きな理由の一つに, Kaiタンパク質群はKaiA, KaiB, KaiCとATPだけで体内時計が理解できるという, 構成要素の少なさが挙げられる. この構成要素の少なさは数値的に理論解析する上での大きなメリットである. また現象としても, 代謝やATPの加水分解などが密接に関係している現象であるため, 代謝現象を情報熱力学を用いて解析するという当初の問題意識を引き継げる点も大きい. また大腸菌走化性を数理モデルではなく, 実験データを扱うという変更の理由は, 生体情報伝達の普遍的な原理の探索という本研究の大きな目的に, 数理モデルだけを扱っているよりもより近づけるという点が挙げられる. しかし実験データを扱うためには, 現実的な測定の制約を考慮しなければならない. そのためまずは, 相互情報量や移動エントロピーなどの情報熱力学で重要となる情報量を, 大腸菌走化性のシグナル伝達において定量的に測れるような解析-実験手法の開発を目指す.
|
Remarks |
国際共同研究者のwebページ
|
Research Products
(14 results)