2016 Fiscal Year Research-status Report
ストレス情動記憶の想起による体温上昇メカニズムの解明
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16K19006
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
片岡 直也 名古屋大学, 医学系研究科, 助教 (20572423)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 心理ストレス / 褐色脂肪細胞 / 体温 / 想起ストレス |
Outline of Annual Research Achievements |
強い心理ストレスは「情動記憶」として扁桃体へ記憶される。特に負の情動記憶は音や場所などの条件刺激によって想起されると、動悸や体温上昇といったストレス反応を引き起こし、急性ストレス疾患や心的外傷ストレス症候群(PTSD)の原因ともなる。申請者は、人の心理ストレスモデルである「社会的敗北ストレス」を受けたラットが翌日以降もストレスを受けていないにもかかわらず同じ時間に褐色脂肪熱産生が亢進し、体温が上昇する生理反応を見出した。この反応は心理ストレス記憶を想起した結果引き起こされているものと考えられ、本研究計画では、この想起ストレス性熱産生反応を駆動する脳の神経回路を明らかにする。申請者はこれまでの研究から、視床下部の背内側部から延髄縫線核の交感神経プレモーターニューロンへの直接のグルタミン酸作動性の神経伝達が、ストレス性の体温上昇、褐色脂肪組織における代謝性熱産生、頻脈などの交感神経反応を駆動することを明らかにした。一方で、扁桃体に記憶された負の情動記憶は、音や場所などの条件刺激によって想起され、動悸や体温上昇などといったストレス反応を引き起こすことから、強い心理ストレスに伴う想起性体温上昇反応に扁桃体が深く関与するものと考えられる。そこで、本研究計画は心理ストレス記憶を想起した際の体温上昇メカニズムを明らかにすることを目的とし、薬理学的機能抑制実験や光遺伝学の手法を取り入れ、情動記憶に関与する扁桃体から視床下部背内側部―延髄縫線核経路へ情動信号を伝達する神経回路の解明を行う。想起ストレス性熱産生の神経基盤の解明により、PTSDや急性ストレス疾患などの発症基盤の理解を促進し、将来的なストレス疾患の緩和に向けた応用研究に寄与することを目指す。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、強い心理ストレスによる負の情動記憶想起によって惹起される褐色脂肪熱産生と体温上昇の中枢神経回路メカニズムの解明を目的とする。平成28年度は想起ストレスによって活性化するニューロンの探索を行い、そのニューロンに対する薬理学的機能抑制実験を行う予定であった。 本研究計画ではまず、心理ストレス性体温上昇を駆動する視床下部背内側部へ投射するニューロンが心理ストレスによって活性化するのか検討するため、視床下部背内側部へ逆行性トレーサーであるコレラトキシンbサブユニット(CTb)を注入したラットへ社会的敗北ストレスを与えた。その結果、CTbで可視化された前脳ニューロンの一部の細胞体に神経の活性化マーカーであるFos の発現が観察されたことから、この前脳領域から視床下部背内側部へ投射するニューロンが心理ストレスによって活性化することが示唆された。 さらに、この前脳ニューロン群が褐色脂肪熱産生に寄与する部位であるかどうかを明らかにするため、麻酔ラットを用いたin vivo 生理実験を行った。神経を活性化させる薬剤を上述した心理ストレスに関与すると予想される前脳領域へ注入し、褐色脂肪組織交感神経活動、褐色脂肪温度変化の観察を行なった結果、薬物の注入により褐色脂肪交感神経活動の上昇と、それに伴って起きる褐色脂肪温度上昇が確認された。次年度以降は、上記の実験で高い褐色脂肪交感神経活動の上昇を示した領域を中心に、薬理学的機能抑制実験や光遺伝学実験を行い想起記憶によって起こるストレス性体温上昇の神経回路メカニズムを明らかにする。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度は前年度の実験から明らかになった褐色脂肪熱産生に関与する前脳ニューロン群を中心に、その上流にあると予想される扁桃体中心核とのネットワークを解剖学的解析や光遺伝学を用いて神経回路の特定を行う。 巡行性トレーサーを扁桃体中心核へ注入し、中心核から伸びる神経軸索がこの前脳領域において観察されるか確認を行う。さらに、中心核から伸びる神経軸索を予め標識したうえで、このラットに社会的敗北ストレスを3回与えることで負の情動記憶を扁桃体に記憶させる。想起ストレス性体温上昇が観察された後、脳を取り出し抗c-Fos抗体を用いた免疫組織染色を行うことによって、扁桃体中心核由来の神経軸索と想起ストレス中の脳内で活性化した神経細胞が共存する領域を同定する。さらに、想起ストレスが起こる時間の直前に神経抑制剤を当該前脳領域へ微量注入し、局所のニューロンを抑制することで想起性ストレスによる褐色脂肪熱産生と体温上昇がどのように変化するかを検討する。 扁桃体中心核からの出力はその殆どがGABA作動性の抑制性出力であることから、前脳ニューロンへも抑制性の出力を行っている可能性もある。体内へ温度測定用テレメトリー発信器を埋め込んだラットの扁桃体中心核へAAVベクターを注入してニューロンに光駆動性タンパク質であるChIEFを発現させ、当該前脳領域へ伸びる軸索末端までChIEFを運ばせる。続いて、投射先の前頭ニューロン群が分布する領域の直上へ光ファイバーを慢性的に刺入しておく。ラットがストレス記憶を想起して熱産生が始まると、青い光を照射して扁桃体中心核由来のChIEF含有軸索終末を特異的に光刺激する。この刺激ではGABA作動性のシナプス伝達を活性化させるため、この前脳ニューロン群の活動が抑制され、想起性ストレス反応が弱まることが予想される。そして、これらの解析から得られた結果を取りまとめ、成果の発表を行う。
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Causes of Carryover |
平成28年度の予定では、想起ストレスによって活性化する前脳ニューロン群の同定と、その領域に対する機能抑制実験を行うことで想起ストレスに関わるネットワークの一端を明らかにし、北米神経科学会にて発表する予定であった。しかしながら、上述の通り、心理ストレスへの関与を検討することに時間をとられてしまい進捗に遅れが生じ、未使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度は心理ストレスを想起した際の体温上昇を引き起こす神経回路を引き続き明らかにするため、光遺伝学や薬理学的機能抑制実験を行う。これらの実験から得られた新たな知見を国際学会で発表するため、平成29年11月に米国で行われる北米神経科学会へ参加し、未使用額をこの旅費へ振り替える。また、残額は、現在進行中の実験に必要なウイルスベクター作製や、行動実験に必要な機器のセットアップに要する消耗品の購入に使用する。
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Research Products
(7 results)