2016 Fiscal Year Research-status Report
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16K20956
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Research Institution | Saitama University |
Principal Investigator |
高橋 雅也 埼玉大学, 教育学部, 准教授 (00549743)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 震災遺構 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は、震災遺構を対象とした観光の実践を理解する上で、今日的な観光の主潮を観光の歴史の中でいかに位置づけうるかに関する基礎視角が必要と考えて、理論的な考察に取り組んだ。その際、ジョン・アーリによる観光社会学の所論に検討を加えた。 『観光のまなざし』を嚆矢として、<移動の社会学>に至るアーリの理論的な展開を睨みながら、観光地域づくりをめぐる実践的な課題への示唆を汲み出すことを試みた。資本主義分析を研究上の起点とするアーリは、組織資本主義から脱組織資本主義への移行過程で、観光の変容を把握している。 アーリは、移動の高速化により新しい社会生活のパターンが現れており、ヒト・モノ・イメージの移動が新奇な観光経験を生み出し、既存の社会領域を再編成しているという。加えて、グローバル観光がもたらすローカルな帰結、即ち「文化の商品化」のもとで地域文化が選別され、アイデンティティは揺らぎ、住民の日常生活にもまなざしが向けられるさまを批判する。 また、ホスト-ゲスト関係において感情労働を強いられ、移動の自由が制約されることを批判し、移動の倫理が求められると喝破する。アーリは他方で、個人の愉楽や経済効果、産業の活性化以外にも観光の社会的効用を挙げており、モバイル社会における人間関係の変容に対抗して、観光という移動の実践が人びとの弱い紐帯を活性化したり、共在感覚を高めたりする可能性を肯定的に評価している点が確認された。 上述の知見は、震災遺構を対象とした観光実践に対して、被災者の避難・復興過程(での移動)における当事者性やアイデンティティの揺らぎ、被災経験の対象化にともなう感情労働の問題があること、他方で、痛みや辛さの共有を通した共在感覚の獲得につながる余地があることを示唆する意義深いものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
当初計画における当該年度の調査対象である、宮城県仙台市荒浜小学校の「震災遺構」としての校舎保存は計画通り進められ、仙台市震災復興計画にもとづく震災メモリアルプロジェクトとして、平成29年3月末をもって校舎の保存工事が完了した。また、被災の生々しさを伝える整備方針のもとで、津波の脅威と震災の記憶を継承するべく、パネルや関連資料の展示が行われているおり、同年4月末より見学が可能となったことが確認できた。 しかし、本年度の研究活動では、既述のように観光実践に関する理論的な整序の作業に 焦点化したため、この震災メモリアルプロジェクトの経過には目配りこそしていたものの、関連するステイクホルダーへの聞き取り調査等の成果を得ることはできなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は初年度に行う予定であった、荒浜小学校の保存の営為に関与したキーパーソン、主要団体・組織に対して聞き取りを行う。すでに保存の可否を問う論議は一段落しており、震災遺構も整備されて、一般市民の見学に供されていることから、今日に至る経緯のほか、スタディツアーの受け入れ状況や来訪者の反応について、インタビューによる実相/実感をともなった声が聞けるものと考えている。 また、宮城県東松島市の野蒜築港の保存活動についても、野蒜駅の再開のほか、旧駅舎の震災伝承館としての利用への歩みを見せており、上述と同様に、スタディツアーの来訪実態や現地でのホスト-ゲストのコミュニケーションに関する実相を反映した声を聞ける環境が次第に整いつつあると考えている。本事例については、当初の年次計画を達成できるように取り組む考えである。
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Causes of Carryover |
当初は、仙台市立荒浜小学校校舎の保存と継承に関する聞き取り調査を行う予定であったが、当該年度においては、保存・整備工事は進んだものの、未だ震災遺構のスタディツアーといった形で一般の見学者に供されてはおらず、ケアツーリズムの実相に迫ることは難しいと考えたため、予定していた出張を実施しなかったことが次年度使用額が生じた理由である。そのため当該年度は、観光社会学の理論的整序を中心に研究を行った。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
荒浜小学校校舎の保存工事が完了し、一般市民の見学に供されるようになったため、 当初予定していた聞き取り調査を実施し、一段落した保存論議を振り返る反省的な語りや、スタディツアーの来訪者の反応などを中心として、聞き取り調査を実施し、有効に使用していく計画である。
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Research Products
(2 results)