2016 Fiscal Year Research-status Report
宗教を取り入れた道徳教育による人間形成の理論と実践に関する研究
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16K21168
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Research Institution | Nara University of Education |
Principal Investigator |
広瀬 悠三 奈良教育大学, 教育学部, 特任准教授 (50739852)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 宗教教育 / 宗派教育 / 信頼 / 世界市民的教育 / 寛容 / 良心 / 地理教育 / カント |
Outline of Annual Research Achievements |
(1)カントの宗教的な道徳教育の歴史的背景を、ルソーと汎愛派のバゼドウのカントに対する影響という観点から明らかにした。とりわけバゼドウに関しては、汎愛学舎の柱となる特色として、宗教的な寛容さが見られ、このことがカントの宗教的な道徳教育の実践形態である世界市民的教育に大きな影響を与えている点を解明した。 (2)カントにおいて宗教的寛容性の形成に、自己主義・利己主義と対置される複数主義を標榜する地理教育が寄与するあり方について明らかにした。地理教育は、認識の形成を、有機的に行うことに大きな独自性があり、下級の悟性能力である感性や記憶力、構想力を、上級の悟性能力である悟性や判断力、理性と結びつけて教化することで、十分な批判的思考力を形成するようになる。このことは、知と行為を結びつける複数主義的な実践でもあり、単なる道徳教育を超えて、超感覚的な世界までも含み入れた世界市民的教育を後押しするものである。 (3)良心が、感覚的な自己ともう一人の自己との対話において成り立つ点から、良心が包括的な批判的思考力を形成することをカントの道徳教育から解明し、アーレントによるカントの良心論の解釈を踏まえて、そのような良心こそが、複数主義的に考察して行為することを促す鍵になることを明らかにした。 (4)最後に、信頼の人間形成的意義について考察を深めた。この研究は、カントにとどまらず、ボルノーの信頼と人間形成論を踏まえて、一般的な信頼とは異なる、教育の教師と子どもの非対称的信頼を明らかにするものである。まだ発展途上であるが、あるものを信頼するという一種の賭けの行為でもある宗教的な行為としての信頼は、道徳教育の基盤を形作り得るものではないかということを提示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
カントの宗教的な道徳教育の多面的側面について、歴史的背景と、地理教育、良心という観点から、ある程度解明することができている。とくに、宗教がどのように道徳教育に取り入れられているかというだけでなく、どのような道徳教育的な教育的働きかけが、宗教教育に結びつくのかという問いからの解明が進んでいる。具体的には、地理教育の人間形成論的意義が、寛容的な宗教教育に決定的な役割を担っていることを明らかにすることができた。 またカントにとどまらずに、良心論においてはアーレント、また信頼についてはボルノーらの思想家の考察を積極的に結びつけて考察することを通して、単なる宗派教育ではなく、より一般的に接近しやすい宗教教育的な要素を抽出することを試みることを始めることができた。宗教を取り入れた道徳教育の形態として、このように、単に宗教・宗派の教義に依拠することなく、良心や信頼という契機が重要な役割を担っていることを解明できつつある。 しかしながら問題点もまた存在する。カントは、「道徳教育は不可避的に宗教教育に到る」と述べているが、いまだこの点に関しての考察の深化ができていない。つまり、道徳教育と宗教教育の根本的な関係を把捉することができていないのである。両者の往還的な関係を、より精緻に析出することが急務である。 さらには、カントの宗教的な道徳教育と、カントを超えた良心教育、信頼形成教育のつながりもまだ明確には提示することができていない。これらを早急に明らかにする必要があると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究に関してであるが、理論研究をもうしばらく行うことを考えている。そのことで、実践研究もより強固なものとなると考えられるからである。具体的には、カントの宗教的な道徳教育を、さらにカント哲学・教育学の内部で精緻化するとともに、カントの地理教育的人間形成を、学びの喜びと宗教、そして言語という点から引き受けて、宗教的な道徳教育を展開しているフィヒテの宗教的な道徳教育を重要な理論的洞察として明らかにしたいと考えている。というのも、このフィヒテの宗教的な道徳教育は、カントのそれのより現実化した形態であると考えられるからである。 宗教的な道徳教育の実践を行っている、オルタナティブ・スクールのシュタイナー学校は、このようなカントを源泉としつつ、フィヒテにおいて現実化された宗教的な道徳教育論から多大な影響を受けていること最近捉え始めている。したがって、現実の宗教的な道徳教育を、より実践に結びつけた形で包括的に考察を試みるためにも、フィヒテの教育学を本研究の対象に組み入れて、理論的にさらに宗教的な道徳教育の独自性を深化させたいと考えている。 もう一つの理論的な探究は、信頼についてである。どのような信頼を獲得すれば、人間は他者と十分に道徳的な関係を結ぶことができ、さらには宗教的な世界にまで足を踏み入れることができるようになるのか。信頼の人間形成論的意義を、発達段階的に丁寧に理論的に明らかにすることで、信頼の持つ宗教的な道徳教育的意義について解明を試みたい。
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Causes of Carryover |
研究計画では、二つの国内学会に参加し発表する予定であったが、8月に行われた国際学会の準備等で、国内学会は参加することができなかったため、その分の費用の剰余金が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
今年度の国内学会への参加・発表か、または英文校閲費等の諸経費にあてたいと考えている。
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