2017 Fiscal Year Research-status Report
宗教を取り入れた道徳教育による人間形成の理論と実践に関する研究
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16K21168
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
広瀬 悠三 京都大学, 教育学研究科, 准教授 (50739852)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 信頼 / 人間形成力 / ボルノウ / 多様性 / 寛容 / 宗教 / カント / 世界市民的教育 |
Outline of Annual Research Achievements |
(1)宗教を取り入れた道徳教育を考えるにあたって鍵の一つとなる、道徳教育を含めた教育の基盤に据えられながら暗黙の前提として捉えられてきた信頼の包括的な教育学的内実と意義を明らかにした。とくにルソーの『エミール』にすでに、教育における信頼の理解の芽生えが存在すること、またルソーを受けてカントの実践哲学において、主観的規則である格率を自ら定めず、嘘をつく人は信頼できないとして、信頼は道徳教育的な人間形成の重要な場所に不明瞭な形であれ位置づけられていることを捉えた。このような思想史的な前史を踏まえ、ペスタロッチの母と子の人間関係に見られる信頼の現出を押さえた上で、初めて信頼を主題的に論じたボルノウの錯綜した信頼概念の内実を、教育者と子どもの関係において立ち現れる「非対称的人間形成力としての信頼」として明らかにした。とりわけ教育者が子どもを一方的に過剰かつ法外に信頼することを成り立たせている可能性の条件として、教育者の超越的な存在(神を含む)への関わりが不可欠であること、さらには子どもの側から見れば、このような教育者に対する信頼において、自らの学びと成長が促されることを解明した。子どもの信頼形成に、このような宗教的な要素が関係しているのである。 (2)宗教または宗教的な要素を教育実践に取り入れる上で問題となるのが、多様な他の宗教や別の宗教的な要素をいかに受け入れることができるかということである。とりわけ重要となるのは多様性と寛容をめぐる議論である。当該年度では、この多様性と寛容が、教育においてどのように考えられるかを、思想史的に古代ギリシャから宗教改革とコメニウスの議論を踏まえた上で、18世紀の啓蒙の時代にとくに焦点を当てて解明することを試みた。ヴォルテールの寛容論は、理性を備えた信仰に核心があり、カントがそれを受けて複数主義的な世界市民的教育を唱えていることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(1)宗教を道徳教育に取り入れるにあたって、特定の宗教の教義や内容を導入することは教育の公平性という観点からして公教育ではできない。しかしながら、宗教なき道徳教育は極度な有用性に絡めとられたマニュアルに堕する危険を孕んでおり、どのようにこの状況を打破するか当該前年度から取り組んでいた。前年度では良心の、宗教的な道徳教育に関わる内実と可能性を明らかにし、当該年度は教育における信頼に焦点を主に当て、その宗教的な特徴と意義をかなりの程度取り出すことができた。教育学における信頼の研究は、方法論や心理学的・社会学的研究が主流であるため、教育哲学的・理論的に内容と意義が明らかにされた点は大きな意味を有すると思われる。 この信頼の宗教的側面の解明は、信頼形成という道徳的課題を遂行する上で資するだけでなく、教育において信頼関係を構築することが、いかなる宗教に進むにせよ、将来の宗教的で崇高な世界に関わることをはじめから厭うことなく、現実を力強く生きる道筋の一端を示しうる上でも有益である。 信頼概念を、単にカントとボルノウに限定せず、ルソーやペスタロッチといった子どもに独自な仕方で寄り添う教育学をも考察に加えたことで、教育における信頼概念の宗教性を立体的に描くことができた。 (2)現実的に宗教を道徳教育に取り入れた教育を考えるには、その障壁も併せて考えなければならない。とくに宗教は、他の宗教との差異が浮き彫りになる性質をはじめから有しており、いかに多様性と寛容を確保できるかが重要になってくる。当該年度では、教育における多様性と寛容を、思想史的に重要となるところについてはある程度捉えることができた。とくにヴォルテールの寛容論を啓蒙主義と宗教の関係から洞察し、さらにはそれを受けたカントの世界市民的教育が、多様性と寛容を保証するために大きな役割を担っていることを明らかにできた点は大きい。
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Strategy for Future Research Activity |
(1)今後の研究に関しては、今まで明らかにしてきた良心と信頼という宗教的な道徳教育の柱に位置づけられうるもの相互の関係性をまず十分に考察しなければならない。そのことを通して、宗教を取り入れた道徳教育自体のポテンシャルと問題点を浮き彫りにすることができると考えられるからである。同時に、良心と信頼に特化することなく、宗教(性)とともにある道徳教育は、従来の道徳教育とどのように異なり、どのような長所・短所があるのか、またその独自な意義はどのようなものであるのかを慎重に検討することが求められる。 (2)宗教学や神学を背景にした宗教教育の理論については、今まで主題的には扱っていない点が問題として残っている。とくにシュライエルマッハ―や、哲学的にはフィヒテや他のドイツ観念論の哲学者の思想も、(1)を遂行するにあたって、重要な視座と内容を与えてくれる可能性を秘めている。したがって、時間と余力を考えながら、これらについても考察を試みて、宗教を取り入れた道徳教育の理論の補強に努めたいと考えている。 (3)現時点では、理論に大きく偏っている点が特徴としてあげられる。今後は、理論にもう少しとどまりながらも、少しずつではあるが、宗教を取り入れた道徳教育の実践に関わり、検討を進めたい。まずは関連文献を十分に押さえ、次年度の実践への参与観察の土台を作り上げることを目標としている。具体的にはイギリス(イングランド)とドイツの公教育の、宗教を取り入れた道徳教育に関する教育実践の関連文献を収集・読解するとともに、オルタナティブ・スクールのシュタイナー学校の取り組みにも注目して考察を深めたいと考えている。
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Causes of Carryover |
(理由) 研究計画では、国内学会に参加し発表する予定であったが、11月に行われた国際学会での発表の準備等で、国内学会は参加することができなかったため、その分の費用の剰余金が生じた。 (使用計画) 今年度の国際学会への参加・発表か、英文校閲費等の諸経費にあてたいと考えている。
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