2017 Fiscal Year Research-status Report
17世紀から19世紀における東アジア言語政策の研究
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16K21261
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
荒木 典子 首都大学東京, 人文科学研究科, 准教授 (40596988)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 満文金瓶梅 / 満漢西廂記 / 満洲語 / 近代漢語 |
Outline of Annual Research Achievements |
前年度に引き続き行った『満文金瓶梅』に関する作業は以下のとおりである。(1)満文本を通観した場合に見られる、人物名の満文と漢語傍訳の対応の不統一さ(排行や親族名称を含んだ呼び名・または通称には満洲語の訳し方が複数ありうる)に注目し、対象を前年度より広げ、“姐”、“嫂”などの字を含む合計16人の呼び名を調査した。(2)『金瓶梅詞話』、崇禎年間改訂版『金瓶梅』、『満文金瓶梅』に至るまでの近代漢語語彙(29年度は“雌”の特殊な用法)の扱い方についての調査を始めた。研究代表者は崇禎本系の版本が満文訳本の底本であることを前提としているが、具体的にその中のどの版本なのか未特定であるため、現在確認できる全ての崇禎本系版本をチェックしている。新規に始めた『満漢西廂記』の調査のポイントは次の2点である。(1)版本の整理:国内では東大東文研、静嘉堂文庫、武蔵大学図書館、中国では中央民族大学図書館、首都図書館に赴き、所蔵されている『満漢西廂記』を全て閲覧し、書誌情報を記録した。最もよく見られる康煕49年の序を持つ刻本にも複数あり、版式はほぼ同じであるものの版木を部分的に加工したことによる異同が見られた。抄本にも複数あり、一部は上記の刻本との関連が明らかであった。武蔵大学図書館蔵『有圖満漢西廂記』は以上の刻本、抄本と系統が異なっていた。(2)関連作品の調査:『西廂記』を元に作成した遊戯八股文『雅趣蔵書西廂時芸』を満文訳した『満漢並香集』(京都大学人文科学研究所蔵)、『西廂記』の曲の部分のみを満文訳した『精訳六才子詞』(中央民族大学図書館蔵)の調査を開始した。前者については訳注の作成を開始している。これらはいずれも第五章のタイトルを「寺警」としており、底本とされている金聖嘆批評本の多くと一致している。一方、康煕49年序の『満漢西廂記』では「驚寺」としている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
『満文金瓶梅』の底本を一つに絞り込むためのポイントはいまだ見いだせておらず、その点に関しては少々滞っている。崇禎本のうちの一系統ということだけは判明しているので、満漢語彙の訳出を調査する場合は、その系統のすべての版本に異同がないかどうかを逐一確認しながら検討することにした。今後は、『金瓶梅』が改定を重ねる間に前時代の語彙にどのような解釈が行われたかを探るという観点で進めて行きたい。 その一方で『西廂記』の繙訳底本については、合璧本の異本や、関連作品も含めて広い視点から検討する方向を見出した。武蔵大学蔵『有圖満漢西廂記』、詞曲のみを繙訳した『精訳六才子詞』は第五章のタイトルが「寺警」で、こちらの方がむしろ金聖嘆批評本に近い。またドイツ・バイエルン州立図書館に所蔵されている抄本も「寺警」であるという。康煕49年序刊本はなぜ「驚寺」なのか、繙訳者の手元にあった漢文本、当時流通していた版本に注目するきっかけとなった。また、バイエルン本は全二十章を繙訳しているということにも注意が必要である。金聖嘆は明刊本『西廂記』五本二十折のうち最後の四折に価値を認めず続本とみなした。金聖嘆批評本は全二十章ではあるが、十七から二十章を収録した第五巻は続巻としている。康煕49年序『満漢西廂記』や複数の抄本が四巻十六章までの繙訳としているのは、金聖嘆の価値観を強く意識したせいなのだろうか。関連作品そのものの調査と分析にも着手している。『満漢並香集』訳注(一)(『人文学報』第514号第12分冊:21-40頁)は、序文と第一章を翻字し、日本語訳と注釈を付したもので、今後も継続していく。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は本課題の最終年度に当たるので、目標を絞って一定の結論を出したい。当初より文芸作品の繙訳を通して清代の言語政策を探るということを目的としていたが、そのための切り口は2年間の調査と研究を通してだいぶ具体的になった。1年目は満文訳を通して、繙訳の底本、繙訳の現場における作業を検討した。2年目は繙訳の底本を探りながら、当時どのような版本が流通していたのかを考えるようになった。3年目に検討する作品は、『金瓶梅』、『西廂記』、『水滸伝』およびその関連作品に絞る。『金瓶梅』は、詞話本の語彙が次の時代でどのように処理されていくのかを検討する。特に『金瓶梅』以外の作品では見られないような語句について調査する。『西廂記』は、『満漢西廂記』そのものの調査、関連作品の調査を行う。上述したように『満漢西廂記』にも目次や章立ての異なる本がある。ほぼ同版とみられる版本間にも看過できない異同がある。底本が金聖嘆批評本であったことはほぼ明らかであるが、それではどの金聖嘆本だったのか。そのために国内外で未見の版本を閲覧し、従来報告されてこなかった版本の書誌を発表する。同時に目次や序文を比較し、体系的に整理する。関連作品は訳注と分析を行い、『満漢西廂記』と合わせて、当時流通していた漢文『西廂記』がどのようなものだったのかを考える。関連作品『精訳六才子詞』、『満漢並香集』については訳注作業も進める。『水滸伝』の満文本は、中央民族大学所蔵本とパリ国家図書館所蔵本について検討する。前者は第18回までしかないが、韻文の配置など形式的な面を現存する漢文本と対照して、底本の姿を再現する。このほかにも未見の版本を閲覧し、書誌を整理する。最新の所蔵状況については寺村正男2013「『満文水滸伝』の基礎的研究」で整理されている。また、研究成果の発表とネットワークの維持、構築のために第3回清代言語接触研究会を開催する。
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Causes of Carryover |
人件費、旅費をあまり使えなかった。人件費は、データ入力のためにアルバイトを頼んだが、都合がつかないことも多く、週に一度、三か月しか雇用できなかった。年末年始の休みを挟んだことも原因の一つである。次年度はできるだけ多くのアルバイトを配置し、効率よく進めたい。旅費は急遽生じた本務により出張計画が頓挫したことによる。次年度は中国以外の国で資料調査をしたい。
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