2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16KT0050
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Research Institution | Shizuoka University |
Principal Investigator |
河合 信之輔 静岡大学, 理学部, 准教授 (90624065)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
山下 雄史 東京大学, 先端科学技術研究センター, 特任准教授 (50615622)
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Project Period (FY) |
2016-07-19 – 2020-03-31
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Keywords | 化学物理 / 反応動力学 / 溶媒効果 / エネルギー移動 / クラスター |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、遷移状態の知見に基づいて化学反応を制御することを目的とし、特に反応分子に対する周辺の分子(「溶媒」など)の影響に注目して理論的研究を遂行している。化学反応の例として、HCN分子においてH原子がC原子と結合した構造(HCN)からH原子がN原子と結合した構造(CNH)に異性化する化学反応をとりあげ、周囲の分子としてArを1個置いた系を選択した。28年度は、このHCN-Arクラスター系におけるHCNとArの間の相互作用のエネルギー的な側面を明らかにするため、電子状態計算を行った。 まず、HCN分子を鞍点構造(非直線形)に固定し、そこにArを近づけた配置において、種々の計算レベルにおける電子状態エネルギーを求めた。電子相関を入れない計算では、相互作用において斥力しか出てこないが、電子相関を含めると2 kJ/mol程度の深さの井戸が見いだされたため、分散力による引力が働いていると結論された。事前の予想では、Arは無極性分子であるが、HCNは永久双極子をもつので誘起力による引力が主な寄与になるかと推測したが、実際には誘起力の効果は主ではなく、分散力を正しく見積もることのできるレベルの計算が必要であることが分かった。 次に、電子状態計算によって得られたエネルギーを、解析関数にフィッティングすることを試みた。HCN最安定構造とCNH構造においては、HCNとArの相互作用は2体のLennard-Jonesポテンシャルの和で良く再現できたが、鞍点構造においては2体項に加えて交差項を必要とした。このことは、鞍点構造にある分子では相互作用に強い方向性があり、分子内の各原子が「丸く」は見えないということを示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画である、HCN-Arクラスター系における様々な構造における電子状態計算を順調に遂行した。反応物(HCN最安定構造),生成物(CNH構造),鞍点構造のそれぞれにおいて、Arの位置を3次元のグリッド上でサンプリングして網羅的に計算を行ったため、HCNの構造がこの3点にあるときの相互作用の情報としては十分なものが得られたと判断できる。 種々の計算レベルでの結果を比較したため、相互作用において誘起力よりも分散力のほうが主な寄与をしているという知見も得られた。また、様々な計算手法と基底関数による結果を比較検討した結果、用いた中で最もレベルの高いCCSD(T)/aug-cc-pVQZ計算の結果が、より低レベルの計算による結果と有意に異なっていたため、本系における計算レベルとしてCCSD(T)/aug-cc-pVQZが必要であると結論した。分散力の効果を評価できる密度半関数法であるCAMB3LYPも検討したが、分散力の強さが定量的に十分ではなかった。この結果は、本研究における今後の電子状態計算の指針となる。 得られた電子状態エネルギーの解析関数へのフィットにおいても、HCNの上記3つの構造においては満足のいく結果が得られた。特に、鞍点構造において通常のLennard-Jonesポテンシャルに加えて交差項を加えることによりフィットの精度が大幅に改善されたこと、そのことが相互作用に強い方向性があるという知見につながったことは非常に面白い結果といえる。
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Strategy for Future Research Activity |
28年度の結果を受け、今後は、HCN分子について反応物・生成物・鞍点構造の3点に加えて他の構造をいくつかサンプリングし、同様の電子状態計算を行う。得られた電子状態エネルギーを解析関数にフィットすることにより、HCN-Arクラスター系のポテンシャルエネルギー曲面を完成させ、その上でのトラジェクトリ計算の段階に研究を進める。ポテンシャル曲面がある程度完成した段階でトラジェクトリ計算をはじめ、ダイナミクス計算によって核が実際にどの領域を通っているかを同定し,その情報を電子状態計算にフィードバックすることにより,電子状態計算を行う点を必要最小限にとどめる工夫を行う。 得られたポテンシャル曲面やトラジェクトリの情報に基づいて、代表者の理論にもとづいて,本反応における動的な意味での遷移状態,および遷移状態近傍領域における反応性境界を同定し,反応制御における周辺分子の役割を遷移状態制御の観点から明らかにする。Arの効果を議論するにあたっては、まず生成物領域での動力学シミュレーションによって,Ar原子が有る場合と無い場合における系の動きの違いを明らかにする。そのうえで,遷移状態および反応性境界と,生成物領域での系の動き方との位置的関係性を調べることによって,Ar原子の存在によって系が遷移状態近傍に戻ることが妨げられる仕組みを解明する。
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Causes of Carryover |
本年度の支出のうち最大のものは計算機であったが、機種選定の際に選択の幅があった。研究の進行に合わせて柔軟な対応ができるよう、予算に余裕を残して購入した。本年度の研究によって、本研究に必要な計算機性能や容量が次第に明らかになってきたので、次年度はそれに基づいた計算機の拡充を行う。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
初年度に導入した計算サーバに、GPU1枚の増設を行う。また、計算サーバにアクセスするための端末およびプログラムの作成とデバッグを行うためのマシンとして、デスクトップコンピュータを1台購入する。特に、GPUは本計算サーバを別の科研費との合算によって購入した時に、主にもう一つのほうのテーマでの使用を想定して導入したが、分子動力学シミュレーションを非常に効率良く行うことができることが本年度に分かったため、本研究テーマにおいても有用であると判断し、導入する。
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