2017 Fiscal Year Research-status Report
無農薬有機栽培の水田で地下水の硝酸性窒素汚染は減らせるか?
Project/Area Number |
16KT0151
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Research Institution | Kumamoto University |
Principal Investigator |
一柳 錦平 熊本大学, 大学院先端科学研究部(理), 准教授 (50371737)
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Project Period (FY) |
2016-07-19 – 2019-03-31
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Keywords | 自然農法水田 / 窒素収支 / 地下水 |
Outline of Annual Research Achievements |
H29年度は,熊本県菊池市の中山間地に位置する約1反の水田において,農薬や肥料を全く使わない自然農法によって水稲を育てた.水田における水収支と窒素収支を明らかにするため,2017年6月初めの代掻きから9月末の稲刈りまで,降水量および蒸発散量を観測するための気象観測,水田の水収支を求めるための入口と出口での流量観測,月1-2回の降水,田面水,土壌水の水安定同位体比および主要溶存イオンの分析を行った. その結果,水稲生育期間(6-9月の4ヶ月間)における水田の水収支より,降水量と灌漑水量を合わせた全流入量のうち,約11%が地下水として浸透することが明らかとなった.深度40cmと60cmの土壌水の硝酸およびアンモニウムイオン濃度は,期間中ずっと0.3mg/l以下であり,水田から地下水への窒素負荷量を減らすことができることを明らかにした. 水田全体での窒素収支を計算した結果,インプットは1.17kgに対して,アウトプットは5.80kgとなり,とくにイネが吸収した約4.6kgが不足しているという結果となった.不足分の窒素起源を調べるため,イネの窒素同位体比(δ15N)を測定した結果,9-12‰を示した.この値は有機物に近い値であり,もし大気中の窒素を固定しているれば0‰に近い値を取る.つまり,不足した窒素の起源は土壌中の有機物であり,大気の窒素固定は少ないことが明らかとなった. 以上より,肥料を全く使わない自然栽培による水田は,地下水への窒素負荷を無くすことができ,さらに土壌中に残留している窒素も軽減するため,地下水の窒素汚染を防止するには非常に有効な方法であることが示された.ただし,米の収穫量は近隣農家の6割程度と少なかったため,実際に自然農法を広めることは農家の経済的な問題となるであろう.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
H29年度の水田観測により,農薬や肥料を全く使わない自然栽培による水田では,地下水への窒素負荷量はほとんど無いことが明らかとなった.このような水田単位での水収支,窒素収支はこれまで観測例が少ないため,本研究の観測結果は重要なデータであると言える.さらに,イネの窒素同位体比の分析により,不足した窒素は土壌の有機物が起源であると推定でき,新しい知見が得られた. しかし,窒素収支のインプットよりもアウトプットが多いため,地下水シミュレーションを予定していたモデル(GETFLOWS)での扱いを考慮する必要がある.具体的には,水田からの窒素のアウトプットを無くすだけでなく,水田土壌中にある有機態と無機態の窒素も減らすことができる.従来のモデル計算では,例えば,嶋田ほか(2015)の図11では窒素収支が閉じているのが一般的であり,モデルの土壌中でどれだけ窒素を減らすかについて考える必要がある. その他,当初の計画には無かったが,熊本地域を流れる河川の水位変化や江津湖の長期流量データを解析することによって,熊本地震が農業に与える影響や,白川中流域の水田からの地下水涵養量の長期変化についても明らかにしている. 以上のように,観測研究については当初の計画通りに進んでいるが,モデル研究が遅れていることから,総合的に判断して「やや遅れている」とした.
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Strategy for Future Research Activity |
今年度の水田観測により,農薬や肥料を全く使わない自然栽培による水田における水収支と窒素収支が,ほぼ明らかになったと言える.しかし,窒素収支はインプットよりもアウトプットが多いという結果となり,今後も気象観測や水文観測,水質や同位体分析を継続する.とくに,窒素収支と米の収穫量との関係について,関係性を見出したい. また,窒素収支が閉じていないため,モデルでの窒素の扱いについても考慮が必要である.そこで,土壌中の無機態の窒素イオンとアンモニウムイオンしか分析していなかったが,今後は有機態も含めた全窒素(T-N)を分析する予定である.水稲耕作期間中の全窒素の変化より,土壌中の窒素軽減効果を推定して,モデル計算を行う予定である. その他,熊本地震による河川水位や流量の変動から農地への影響を明らかにしたり,江津湖の長期流量データから白川中流域における水田からの地下水涵養の影響など,熊本地域における地下水の変動についても農業の影響について考察する予定である. 現在,熊本地域の降水同位体比の分布,モデル(GETFLOWS)を使った地下水シミュレーション,H29年度の窒素収支の結果,熊本地震の影響,についての論文を執筆中であり,これらの早期投稿,受理を目指している.
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Causes of Carryover |
理由:2017年後半に同位体分析機器のオートサンプラーが故障して同位体比の分析が遅れた.また,窒素収支が閉じなかったため,地下水流動モデルへの適用も遅れた.そのため,論文作成が遅れており,英文校正や投稿費用が発生しなかった. 使用計画:現在,複数の論文を執筆しており,これらの英文校正や投稿費用として使用する.
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