Research Abstract |
本研究は,脳の機能的な研究と脳の生理学的・分子生物学的・解剖学的研究の間の橋渡しとなり得るような,「脳の高次機能システム」の数理情報論的モデルの構築を目指すものであった.特に「脳の高次機能学」の研究対象の中でも脳内の様々な情報統合プロセスに着目して,その情報コーディング機構と非線形ダイナミクスを数理モデルの形で記述することで,脳の情報統合処理の非線形システム的理解を可能にすることを目的とした.具体的研究内容は,本テーマにおける「統合脳」的アプローチを重視して,(i)ニューラルコーディング理論,(ii)脳の構成要素としてのニューロンやシナプスの数理モデル化,(iii)ニューラルネットワークの非線形ダイナミクス,(iv)遺伝子・タンパク質ネットワークの非線形ダイナミクス,(v)生理実験データ解析と非線形データ解析手法開発,(vi)異種情報統合処理に関する計算論的解析の多方面から研究を進めた. 今年度の研究においては,皮質の6層構造のニューラルコーディング理論や非線形ダイナミクス,アセチルコリンなどの神経伝達物質を考慮しながら,具体的な数理モデルへと拡張した.また,アセチルコリンがトップダウン情報の不確実性を表現しているとすると,アセチルコリンが学習を促進する効果を持ち得ることがモデル解析でわかった.加えて,生理実験データの非線形解析を遂行・発展させた.具体的には,前年度までに我々が提案した点過程の距離を利用して,前頭前野から観測されたスパイク列が決定論的カオスの典型的な性質である誤差の指数関数的な拡大(初期値鋭敏性)を示すことがわかった.この結果を参考にして,初期値鋭敏性を持ち得るサドル点構造を利用して情報表現を切り換える数理モデルを構築した.この数理モデルは,関連する神経科学実験結果を説明するとともに,脳内に表現されている情報に対しても重要な示唆を与えるものである.
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