Research Abstract |
社会は行動発現を拘束するひとつの環境要因として捉えられる.動物が刻々と変化する社会環境下において,実時間で状況に応じた行動を発現する基盤となる神経メカニズムについて,クロコオロギの闘争行動を題材に研究した.コオロギの闘争行動は,体表のフェロモン物質を受容すると誘発される.まず,攻撃行動を誘発する化学物質の同定し,また,フェロモン情報処理にかかわる脳領域の構造を解剖学的に調べた.コオロギの攻撃性は,闘争での勝敗経験により変化する.負け経験により攻撃から忌避へと行動が切り替わるメカニズムに神経修飾物質の働きが重要であることを明らかにした.特に,NO/cGMPシグナル系が,闘争行動が終結する前の段階で機能的に働くことが重要であることを示した.一方,生体アミン類のオクトパミン(OA)も闘争行動の発現に深く関与する.脳内におけるNOとOAの働きを調べたところ,NOは,OAの作用を抑制する働きをもち,攻撃行動を抑え,特に,敗者では忌避行動の発現に関与することが示唆された.すなわち,NOとOAが脳で協調的に働くことで,攻撃性を調節するのだと考えられる. 個体間相互作用による行動の発現について,行動学実験と生理学実験の結果から得られた知見を用いて,動的システムモデルを構築した.行動モデルと神経生理モデルのシミュレーション実験を行い妥当性の検討と行動学実験による検証を行った.集団内での優劣関係の構築と行動変化を調べたところ,個体間相互作用は個体の内部状態を常に更新し,適応行動の発現を調節することが示唆された.これまでの生理学・行動学実験およびシミュレーション実験の結果を総合することで,中枢神経系におけるフィードバック構造と,社会環境におけるフィードバック行動,すなわち,脳・身体(個体)と社会環境における多重フィードバック構造が社会適応を創り出す上で重要な役割を担うことが明らかになった.
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