Research Abstract |
1研究の成果 エミリア・パルド=バサン(1851-1921)の初期小説に焦点を絞って検証をすすめた。 第一に,処女小説(1879)の分析結果を,論文「『名指し』の儀式化-『パスクアル・ロペス』とピカレスク小説の書き出し-」(「国際関係・比較文化研究」第4巻1号)にまとめた。要旨-パルド=バサンは処女作執筆に際し黄金世紀のピカレスク小説を模倣する意志を明示し,実際,主人公が語り手となって一人称で自らの体験を語るという形式を踏襲している。ところが,『パスクアル』では,固有名を使った「名指し」が増加し,固有名が社会的身分や職業に代わって作中人物のアイデンティティーを保証する呼称となっている。そして,その固有名が明らかにされる際,「二重の未知」の形成→「紹介の儀式」→「二重の未知」の解消といったプロセスを経て「名指し」されるという仕掛けがなされている。同様の仕掛けが,幻の処女作『危うい趣味』(1866)や第二作『ある新婚旅行』(1881)にも見出せることから,「名指し」の儀式化を,『パスクアル』を黄金世紀から隔てる,すなわち「書き出し」の歴史性が顕現化したテクスト上の現象と見なしうることになる。 次に,代表作『ウリョーアの館』(1886)に至るまでの四作品の「書き出し」,冒頭第一段落に何が描き出されているかに注目し,その変容を検証した。この成果は,「情景の出現-パルド=バサン初期小説の書き出しの考察-」というタイトルで,日本イスパニヤ学会第51回大会(於:神田外語大学,2005年10月9日)で発表し,さまざまな指摘を受けるととともに,これまでおこなった学会発表の中でもっとも高い評価を受けた。要旨-初期小説において,第三作『女弁士』(1883)以後はどの書き出しにも空間描写が現れる。しかし,同じ空間描写でも,第三作は俯瞰するまなざしから描き出されたものであり,対して第四作『ビラモルタの白鳥』(1885)では,特定の作中人物によって見つめられた「風景」という設定がなされている。この風景描写には,時間の流れや,見つめる人(焦点人物)の体感と動きが反映されており,同時代の印象主義絵画や発明間近の映画(移動撮影)の技法に通ずる感性を見いだすことができる。すなわち,それは空間描写の質的な転換を意味し,「書き出し」の歴史性を顕現化しているのである。 2今後の展望 一方で,書き出しにおける「風景描写」に関する研究をすすめ,上記の学会発表「情景の出現」を学会誌に投稿する。もう一方では,作中人物導入の手法に関する,パルド=バサンの第二作から第四作にいたる三小説の特徴をまとめ文章化する。平成18年度はこれらの作業に取り組むことにより,『ウリョーアの館』(1886)と続編『母なる大地』(1887)の検証に踏み出す下準備をおこなうことになる。
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