Research Abstract |
パルド=バサンの小説第四作『ビラモルタの白鳥』(1885)の書き出しが内包する歴史的意義に関して,論文「書き出しの風景描写-パルド=バサンのEl Cisne de Vilamorta再考-」にまとめ,学会誌に投稿,掲載された。要旨--本作は,パルド=バサンの小説史上,「風景」,すなわち特定の人物に見つめられた空間描写から始まる初の作品であるが,主人公が山の落日を愛でるという感性と彼がロマン主義的詩人だという設定を根拠に,これまでロマン主義的作品と評されてきた。しかし,主人公の信奉するロマン主義のアナクロニズムと,彼と周囲の卑俗な現実とのコントラストが強調されることから,むしろロマン主義のパロディと解すべきである。ただし,この日没描写に看取できるのは,擬装されたロマン主義的感性だけではない。日没を色彩の並置によって描き出す手法ならびに光を追求する点は,同時代の印象主義絵画に等しい感性である。さらに,この描写には時間の経過が刻み込まれており,その上で,主人公が見つめながら動くことによって「動く」風景描写となっている。すなわち,日没という一つの場面(1シーン)が,対象との距離と視角の異なる一連の画像(細かいショット)として分割提示されているのである。これは,映画というメディアの発明に先立ち小説の中ですでに映画的感性が育まれていたことを示唆すると言える。要するに,書き出しの風景描写に顕在化する視覚的感性は,パルド=バサンと彼女の生きた時代との連動性,ひいては風景描写そのものの歴史性を証するのである。 次の段階として,第四作と同様,風景描写から始まる第六作『母なる自然』(1887)に焦点を絞り,その特徴を,彼女と文学的時空間を共有したレオポルド・アラス《クラリン》の代表作『ラ・レヘンタ』(1884-85)の書き出しと比較することによって明らかにする方向で考察を進めた。両小説の「風景」描写は,一方が自然,もう一方が都市といったモチーフの違いはあるものの等しい身体感覚と文体を内包している。これを明らかにした上で浮き彫りになって来る表象的な差異を,時代の視覚的感性と関連づけ解釈を試みた。この成果は,「パルド=バサンとクラリン-La madre NaturalezaとLa Regentaの書き出し-」というタイトルで日本イスパニヤ学会第52回大会(於:同志社大学,2006年10月22日)で発表し,多くの研究者から指摘を受けた。 これらの助言を考慮しながら研究の方向性を固めていき,年度末にマドリード(スペイン)の国立図書館で周辺・先行研究の収集と分析に当たることによって,次年度における論文発表に備えた。
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