Research Abstract |
本研究の目的は,ヒマラヤ山脈とその周辺の山岳地帯の植生で優占し,ヒマラヤ山脈の隆起に伴って種分化したと考えられているブナ科コナラ属高山ガシ類(Quercus sect. Heterobalanus)の進化と分布拡大プロセスを明らかにすることである.本研究では,カトマンズ盆地と雲南省西南部で採取した,高山ガシ類化石を含む堆積物から大型植物化石を水洗篩別によって拾い出し,同定,分類群ごとに計数,種類組成から古環境,古植生を復元した.植物化石の同定は,中国科学院雲南植物研究所のZhou Zhekun博士の協力により行った.あわせて,東アジアの鮮新・更新世気候変動に関するデータの収集を行い,新潟県魚沼層群などの化石群組成に基づき約240万年前以降の海洋酸素同位体ステージに対応した陸上の古気温変化曲線を作成した.その上で,カトマンズ盆地や雲南省南西部で見られる植物化石群の変遷データを,環境変化と植物群の変遷との関係が明らかになっている日本の植生史資料と比較した.カトマンズ盆地,雲南省南西部の植物化石群とも,高山ガシ類はトウヒ属やモミ属といった寒冷な気候を示す植物と共存することから,後期鮮新世以降の氷期に分布拡大し,間氷期には高標高域に分布を縮小したと考えられた.特に,雲南南西部で今回見つかった高山ガシ類を含む植物化石群(百原ほか,2006)からは,現在,常緑広葉樹林が広がっている標高域でも,後期鮮新世の氷期には森林帯が1000m近く下降した結果,冷温帯上部〜亜寒帯で優占する常緑針葉樹林や高山ガシ類の林が広がったことが明らかになった.したがって,第三紀後期鮮新世以降の植生帯の垂直分布の変化は,日本のような中緯度地域だけではなく,低緯度のヒマラヤ〜中国南部の高原地帯でも繰り返され,それが高山ガシ類の分布拡大や,地域による種分化をもたらしたと考えられた.
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