2005 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
17720107
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Research Institution | Fukuoka University |
Principal Investigator |
佐野 宏 福岡大学, 人文学部, 助教授 (50352224)
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Keywords | 字余り / 脱落想定表記 / 書記 / 表記 / 和歌の定型 / 句内属性 / 人麻呂歌集 / 仮名 |
Research Abstract |
万葉集の字余り句と脱落想定表記との類似性を検証するためSPSSによる統計解析を行い、字余り句と非字余り句、母音脱落現象による脱落形を含む脱落形句、脱落想定表記との分布傾向を分析し、現行テキスト(西本願寺本を底本とする校訂本文)に拠る限り、字余り句の分布と脱落想定表記とは強い相関関係があることが知られ、一方で母音脱落現象は、字余り句の分布からは独立しているといえる。但し、字余り句についての、本文異同が諸本系統に照らして、どのように推移するかについての移動解析を行うと、現行の字余り句の把握は後撰集歌人(梨壺の五人)の影響が色濃く、今後検討を要するものと思われる。 その上で、和歌の定型把握のあり方として、唱詠上の枠組みと表記上の枠組みとの関係について、字余り句の分布規則と母音脱落の分布規則とを規則の適用順序の異なりとして位置づけ、最適性理論の観点を導入しつつ、語彙項目上に生じる字余り句が、デフォルトであり、唱詠上に生じる句内属性が優位(有標)であるという理論的仮説を導くことに至った。 万葉集内部には、句内属性に従わない語彙項目上の字余り句、非字余り句が存在している。これらは、従来例外として扱われているけれども、表現に即してみれば類句関係になっているものが極めて多く、既にA群で字余り句となっているものが、B群の位置に転用されたものであったり、或いはその逆でB群で非字余り句であるものがA群の非字余り句として転用されたものであるなど、和歌表現上のあり方から、A群とB群との句内属性の枠組みが、語彙項目上のあり方--すなわち、語原形に対する脱落形とが選択可能な二形態であるという了解--によって崩壊しつつあることが観察できる。これは、上記の語彙項目上の字余り句がデフォルトであることを裏付けるものである。 この一連の研究過程で、人麻呂歌集の略体歌表記の特質が明らかになり、その表記のあり方が、和歌の定型把握のあり方と極めて密接な関わりを有していることが知られた。具体的には「漢文助辞類と仮名(特に音仮名)とが(和歌の句単位でみれば)、句表記内部で共起にしにくいという、顕著な傾向があり、和歌表記の定型性が、まず句単位の表記ルールの成立から出発していることを予想させる。次年度に報告する予定であるが、本文異同の移動解析になお時間を要すると思われる。
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