2018 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
17H06160
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Research Institution | University of Fukui |
Principal Investigator |
坂野 仁 福井大学, 学術研究院医学系部門, 特命教授 (90262154)
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Project Period (FY) |
2017-05-31 – 2022-03-31
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Keywords | マウス嗅覚系 / 臨界期 / 刷り込み / セマフォリン / オキシトシン / シナプス形成 / 糸球体 / 扁桃体 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、マウス嗅覚系の臨界期に成立する刷り込みに関して、次の3つの重要な成果を挙げる事が出来た。 刷り込み現象は、新生仔の臨界期に一次神経の神経活性に依存して成立する。当グループでは、一次神経である嗅細胞で産生されるセマフォリン7A(Sema7A)が、僧帽細胞の樹状突起に臨界期にのみ局在するプレキシンC1(PlxnC1)に結合して、糸球体内でのシナプス形成が促進される事を見出した。このことにより糸球体が大きくなり、臨界期に嗅いだ匂いの入力が選択的に増大する。この成果は、Nature Commun.誌に発表された(Inoue et al., 2018)。 当グループでは更に、新生仔期のSema7Aによる増強シグナルが刷り込み成立に必須である事に加え、刷り込まれた記憶に誘引的な価値の付与に新生仔の脳内で発現するオキシトシンが関与している事を突き止めた。興味深い事に、本来なら忌避恐怖行動を誘発するはずの4MTに対しても、臨界期の刷り込みにより忌避行動が抑制されてストレスホルモンACTHの血中濃度が低下する。加えて、誘引的社会行動を発動する扁桃体領野、MeAの前方部が活性化され、結果として忌避的匂いである4MTを好む様になる事が示された。これらの成果は近く欧文有力誌に公表される予定である。 当グループでは更に、糸球体内でシナプス形成が行われる際、一次神経と二次神経が何に基づいてパートナー確認を行うかに付いて解析した。このマッチングは、嗅細胞によって検出された匂い情報に対し、適切な価値付けをするのが僧帽細胞による扁桃体への投射である事から、特に重要なプロセスである。当グループではこのパートナー確認が、一次神経が発現する嗅覚受容体の種類に依ってではなく、二次神経の嗅球内での位置を基礎にして行われる事を見出した。この成果は、Nature 姉妹誌のCommun. Biol.に発表された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究提案の最終ゴールは、本能判断と学習判断が対立する場合、最終的な出力判断が、脳のどの部位で何をパラメーターに用いて裁定されているかを明らかにする事である。 当グループでは既に、忌避物質4MTに対し新生仔期の刷り込みにより、先天的な忌避判断が抑制される一方、誘引的な記憶判断が優先して出力する事を見出している。従って同一感覚入力4MTに対し、本能的忌避と刷り込み記憶による誘引の2つの判断が対立した際これをどう裁定するかという、本研究課題のメインテーマ解明の為のシステム作りが完了した事になる。また、刷り込み成立の鍵を握るシグナル分子がSema7A/PlxnC1である事が明らかにされ、刷り込み記憶に誘引的価値付けをする原因分子がオキシトシンである事が判明したという実績は、この研究が当初の予定通り順調に進展している事を示している。 当グループでは現在、研究の重点を刷り込み記憶の成立とその出力に移しているが、これについては、単一糸球からの嗅覚入力を光刺激によってコントロールするという、我々独自のシステムを既に立ち上げている。即ち、天敵臭であるキツネの匂いTMTに反応性の糸球体の内、Olfr1019という単一糸球体の光刺激によってすくみ行動(freezing)が誘導される事が示された。このシステムを使う事によって、嗅覚系の最小入力単位である一つの糸球体を介して入る情報がどの様な記憶のエングラムとして表現(represent)されるのか、またオキシトシンによる誘引的な価値付けによってエングラムに何が書き加えられるのか等の解析が可能になる。 この様に、後半年度に向けての準備進捗状況は充分であり今後の研究の進展が期待される。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の具体的な推進方策は次の通りである。
代表的なものを列挙すると、1)刷り込みが成立する脳内部位を特定し、チャネルロドプシン(ChR)遺伝子をウイルスベクターを用いて導入し、刷り込みが光刺激で再現(mimic)出来るかどうかを確認する。2)オキシトシンによって刷り込み記憶の価値付けが行われる脳内部位を、オキシトシン受容体の発現を指標に特定する。部位特異的なノックアウトやアンタゴニストを用い、またChRを利用した光刺激を利用して、記憶成立の為の、loss-of-function及びgain-of-functionの実験を行う。3)単一糸球体からの光刺激入力システムを利用して、匂い情報の最小単位が海馬でどう表現(represent)されるか、またオキシトシンによる刷り込み記憶に対する誘引的な価値付けに際し、記憶のエングラムに何が書き加えられるのかを明らかにする。4)扁桃体の解析を中心に、4MTの刷り込み入力に対し、先天的な忌避判断の為の情報と、刷り込みによる誘引的な出力指令が、どの様に裁定されているのかを明らかにする。5)刷り込み記憶がACTHの血中濃度を低下させてストレス反応を抑制するメカニズムと経路、また同時に、MeA前方部を活性化して誘引行動を引き起こす為の情報の流れについて、シナプスを逆走して伝播するレビスウイルスを用いて明らかにする。6)以上の研究成果を基に、刷り込み現象の生物学的な意義や、その入力異常によって生じる精神発達障害、例えば自閉症や愛着障害の発症メカニズムについて検討する。
以上述べた今後の研究の推進により、当初目指した研究の目的「嗅覚系を用いた感覚情報の価値付けと出力判断の解明」が、本プロジェクトの終了迄に大筋で明らかにされると期待される。
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Research Products
(13 results)