2017 Fiscal Year Annual Research Report
LHC-ATLAS実験におけるタウ粒子を用いたレプトンフレーバー非保存崩壊の探索
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17H06927
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
小林 大 九州大学, 理学研究院, 学術研究員 (30805403)
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Project Period (FY) |
2017-08-25 – 2019-03-31
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Keywords | 素粒子物理学 / 高エネルギー実験 / シリコン検出器 / 新粒子探索 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、目標に掲げた新型シリコンピクセル検出器の量産に向けた組立工程を構築することに向けて、特に力をいれて研究を行った。この検出器は、2026年頃から運転が予定されている高輝度大型ハドロン衝突型加速器(HL-LHC)での使用を目指しており、現在のATLAS実験よりも高頻度のデータ取得や厳しい放射線環境下での運転に耐えるため、開発が進められている。この組立工程は、シリコンセンサとその信号を処理するASICが接合されたモジュールと、処理された信号を伝送するフレキシブル基板を接着し、アルミワイヤでASICを接続することで検出器モジュールを作るものである。 このためには多くの開発要素があり、特に大きな課題として、接着のための治具の開発や接着剤の塗布方法、接着剤の耐性試験などを行う必要があった。まず、接着治具に求められる繰り返し位置精度は50μmであり、それに加えて簡易な操作性やデリケートなモジュールを損傷しないための工夫なども求められる。林栄精器株式会社との協力のもと、治具の設計及び試作を行い、繰り返し精度30μmを達成する治具を制作し、量産の実用に耐えうるものを開発できた。また、塗布方法についてもステンシルと呼ばれる転写板を用いることで安定に塗布できることが明らかになり、他の手法とも比較した結果、安価かつ信頼性の高いものとして確立するに至った。接着剤の耐性として最も重要なものとしては、放射線耐性である。ATLAS検出器の最内層に位置するこの検出器は、HL-LHCでの運転期間で積算するとLHCでの運転の10倍もの放射線量を浴びることになり、これはこれまでの実験でも類を見ない。そのため、東北大学CYRICでの陽子照射試験を行いその劣化の評価を行った。複数の材質の試験を行った結果、エポキシ樹脂製のものは十分に耐性を持つことがわかり、使用できる部材を選定することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究開始当初は何もなかった状況から、要求される精度で検出器モジュールを組み立てられる設備を整えるところまで研究は進んでいる。特に、主要な要素であった接着の工程についてはほぼ構築されたと言える。本研究で目指す量産については、各国のグループが競争、協力のもとで進めているが、本年度には日本のグループは大きく進展しており、これまで量産過程を開発を行ってきた研究機関とも同等以上の状況に到達している。特に、放射線耐性試験や塗布方法については、この研究による成果が研究グループ内でも大きな影響を及ぼしており、重要な役割を果たしているといえる。一方で、今後はワイヤ部分の封止やモジュールの電気的保護などについても開発の必要がある。これについては本年度にも開発を進め、手法や材質の研究は進んでいるが、未だに確立には至っていない部分である。封止材と放電保護膜双方について、放射線耐性などの基本特性の評価は接着剤と同様に進んでいるが、実際に組み立てたモジュールに対して施工して、機能するかといったことは未だに検証できていないことが大きな理由である。また、組み立てたモジュールの性能試験や、検出器モジュールとしての耐性、拷問試験のシステムも構築できていない。これは大阪大学など国内の別のグループと共同で開発を行っている部分になるが、量産サイトとしての環境構築としてはこうした要素も必要不可欠である。したがって、本年度は動作可能なモジュールを組み立てることに関しては大きく進展したと言えるが、実用に向けた保護機構等の完備や、量産に向けた体制構築という面では開発事項がまだまだ残されているといえる。来年度中にこれらの課題の解決を目指すこととするが、これらの残された課題を加味すると、本年度の進展は概ね順調といったところである。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに述べてきたとおり、動作可能な検出器モジュールを組み立てる工程については、本年度までに構築できたと考えている。そのため、今後は実際にATLAS検出器にインストールする際には必要となる、ワイヤ封止と放電防止膜の研究を進めるとともに、読み出しや品質検査のシステムなど量産サイトとしての体制を整えることとする。特にワイヤ封止については、今まで他の実験でも前例がない。これは封止に用いる樹脂の変形などで逆にワイヤが破壊される可能性があるため、採用されてこなかったという背景がある。しかし、ATLAS実験ではフレキシブル基板を曲げて設置するなどの理由から、ワイヤへの接触が強く懸念されるため、採用を考える必要がある。そのため、ワイヤへのダメージについて放射線や温度変化による変形の影響を厳しく評価する必要がある。また、その手法についても、封止材の注入によってワイヤが破壊されないような工夫が必要であるため、重要な開発要素となる。これらの開発を行い、実際に組み立てたモジュールに封止を施した際の拷問試験なども行うことを計画している。更にその後の放電保護膜の蒸着過程は、手法としては確立しているものの、その放電防止性能や熱伝導性など様々な検証の必要性は残っている。そのため、今後は読み出し試験のシステム構築と並行して、そうした性能測定を進め、その信頼性を高めていくものとする。今年度は現行LHCでのATLAS実験のRun2最後の年度となる。そのため、信号解析にも力を入れ、2015年から2018年までのデータを用いた結果を公開することを目指す。
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