2017 Fiscal Year Annual Research Report
Sutras in the Mulasarvastivada Vinaya
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17H07167
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
八尾 史 早稲田大学, 高等研究所, 助教 (30624788)
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Project Period (FY) |
2017-08-25 – 2019-03-31
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Keywords | 仏教 / 律蔵 / 経典 / 説話 / 根本説一切有部律 / 薬事 / 写本 / インド |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究が解明しようとするのは、古代インド仏教の一学派である根本説一切有部の<経蔵>の内容である。<経蔵>とは仏教の教義を伝える<経典>とよばれる文献の集成であるが、根本説一切有部の伝承した<経蔵>は現在では一部を除いて散逸している。この文献群の内容をあきらかにするための重要な資料が、同派の僧院規則集<律蔵>である「根本説一切有部律」である。本研究はこの文献に含まれる<経典>に相当する記述を抽出するとともに、<経蔵>と<律蔵>とがその成立過程においていかなる関係にあったかを考察する。 本年度は、「根本説一切有部律」の中で特に<経典>の集中する箇所である「律事」第6章「薬事」の<プラセーナジット王に語られる仏の前生譚群>部分の構造を分析した。その結果、この部分が三種類の異なる編集作業を通じて形成されたものであり、そのなかで<経典>およびさまざまな説話が<経蔵>や未知の説話集から収集されて<律蔵>の中におさめられたことがあきらかになった。この研究結果を学会発表ののち雑誌論文にまとめた。 また「律事」第17章「破僧事」を対象とし、サンスクリット語テクスト、チベット語訳、漢訳からの経典抽出作業をおこなった。 さらに、近年新しく同定された「薬事」のサンスクリット語写本の研究を進め、これを従来知られていた「根本説一切有部律」の唯一のサンスクリット写本であるギルギット写本と詳細に比較した。その結果、新出写本はギルギット写本にみられる誤写の修正に資するとともに、漢訳とチベット語訳の正確さを保証するという点で、きわめて重要な資料的価値をもつことがあきらかになった。この成果を学会発表ののち雑誌論文として出版した。 また、上記新出写本の構造的特徴や、現存する「根本説一切有部律」資料との説話レベルでの比較を雑誌論文にまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は「根本説一切有部律」の中から<経典>を抽出することを具体的内容とするが、単に<経典>を収集するのみでなく、失われた<経蔵>と<律蔵>との相互関係を解明するところにも重きをおいている。本年度おこなった「薬事」の<プラセーナジット王に語られる仏の前生譚群>の研究はこの点で重要な発見をともなうものであった。これまで、同<前生譚群>は仏教説話研究の分野では広く知られたものであったが、研究者の認識は単に多くの説話がそこに含まれるということにとどまっていた。この一見雑多でまとまりのない説話群がどのように編集されたものであるか、いかにして現存テクストに見られるような形で配列されるに至ったのかということについては未解明のままであったといってよい。本研究は漢訳、チベット語訳、新出サンスクリット写本の詳細な比較検討と、他文献特に近年公刊された説話集のサンスクリット写本との比較を通して、現存資料から可能なかぎりテクストの成り立ちを説明しえたものと考える。 本年度は「破僧事」「出家事」「布薩事」という三つの章の調査を行う予定であったが、上記の「薬事」研究に予想以上の時間を要したため、「出家事」「布薩事」については次年度に扱うこととした。これは当初の計画において、「予期しないテクスト上の問題が発見される」場合を想定して定めておいた措置である。本研究の趣旨にとって「薬事」の問題がきわめて重要であったことからして、この計画変更は合理的なものであると考える。 「薬事」の成果は当初の計画では想定していなかった新たな発見であった。また新出サンスクリット写本の研究は順調に学会発表、論文掲載に至った。したがって本年度の研究全体として、当初の計画以上の進展を得たということができる。
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Strategy for Future Research Activity |
「現在までの進捗状況」に述べたとおり、本年度対象とする予定であった章のうち「出家事」「布薩事」については次年度に扱うこととする。 したがって、次年度は「律事」の9つの章「出家事」「布薩事」「安居事」「随意事」「皮革事」「衣事」「コーシャンビー事」「パーンドゥローヒタカ事」「臥具事」を対象として調査を行い、最終的に「律事」全体におけるすべての経典のリストを作成し、論文としてまとめる。「出家事」「布薩事」が加わったことから、当初の予定に入れていた「雑事」前半部分は当面、年度内に扱う対象からは外す。ただし各章にどれだけの時間がかかるかは経典の含有状況により、予測のつかない部分が大きいため、臨機応変に対処することとする。 次年度には、特に「根本説一切有部律」に存在する<相応阿含>相当の経典についての学会発表、雑誌論文執筆もおこなう予定である。 今年度の調査範囲においても、予期しないテクスト上の問題が発見されたり、あるいは経典と律との関係について、それ自体単独に発表すべき知見を新たに得たりする可能性がある。本研究の経典抽出という作業は「根本説一切有部律」というテクストの正確な理解の上になりたつものであるため、上記のような場合は当該の問題を優先して解決することとする。そのほか、読解や情報収集に時間がかかり、年度内に経典のリストを完成できない場合は、調査の精度を下げるのではなく、対象とする章の数を削減することで対処する。
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Research Products
(4 results)