2017 Fiscal Year Annual Research Report
なぜメスが出自集団を離れるのか?ヒトとアフリカ類人猿における父系社会の進化的起源
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17J01336
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
戸田 和弥 京都大学, 理学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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Keywords | ボノボ / 父系社会 |
Outline of Annual Research Achievements |
ボノボはパーティー(サブグループ)の構成を柔軟に変化させる離合集散性を有する。一時間間隔で、個体の出席を記録する1hパーティー法を用いて、コドモ期のメス・オスを対象に、母親とのパーティー共有率を調査し、年齢に伴う変化傾向の性差を検証した。コドモメスでは、分散前に母親とのパーティー共有率が減少し、その変化傾向はオスよりも有意に強かった。母親からの遊動の独立は、母親への社会・生態的な依存度の低下を示し、また母親以外の他個体への関心の高まりを暗示する。この母親との関係性の変化は、出自集団からの分散の至近的な要因の一つとして考えられる。 ワンバ調査地に蓄積されている、2集団の日々の観察時の個体の出席表を用いて、調査集団を移出入するメスの動態を分析した。操作的な定義を用いて、移出入の事例を分類することで、メスの出自集団からの一時的離脱(7.0歳)、分散(7.6歳)、他集団への一時的訪問(9.1歳)、移籍(10.5歳)、そして初産(13.0歳)という流れが明らかになった。調査集団におけるメスの移出の79%・移入の76%は、他集団との出会い時に記録され、これらの割合は調査集団における他集団との出会いの頻度よりも有意に高かった。また、出自メスの一時的な離脱期間はおよそ5.3週間、離脱後の帰還期間は15.9週間であり、有意な出自集団へ帰属性がみられた。他方、非出自メスの一時的な訪問期間は15.9週間、訪問後の不在期間は10.3週間であり、帰属性に有意な差は見られなかった。しかし、最終的に調査集団に移籍したメスたちと他集団に移籍したメスたちとを分類した結果、前者では調査集団への優位な帰属性が、後者では有意な非帰属性が示された。分散から移籍に至るまで、集団間を一時的に移出入する中で、自身のお気に入りの(最適な)集団をみつけ、帰属性を獲得していくようである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、ボノボメスが出自集団から分散する至近的要因を解明することである。本研究では、コンゴ民主共和国に生息する野生ボノボ集団における、離乳期から成熟期に到るまでのメス個体を対象に、個体追跡を含む行動観察と尿試料を用いた性ホルモン分析を実施している。 これまで3,399時間に及ぶボノボ集団の追跡から、対象メスの社会交渉を通時的に記録してきた。分散の前段階には、他のオトナメスにアプローチして親和的交渉を請うようになる。特に、性皮の腫れたオトナメスに注目し、しばしば母親から離れて、彼女らをストーキングしている様子が観察されている。 メス間の社会的なつながりが強いボノボにおいて、他のメスとの親和的交渉のテクニックは、出自集団を分散するうえで必要なスキルなのかもしれない。この傾向は、分散後の移入メスにおいても顕著である。今後、コドモメスの親和的交渉の頻度を算出し、社会的成熟と分散時期との関連性を検証する。 性成熟と分散時期との関連性を検証するため、対象メスの性行動の通時的記録のほか、尿試料を用いた性ホルモン分析を実施している。分散前には、オス個体との性交渉の萌芽が観察されたほか、尿中エストロゲン値の有意な上昇が確認された。また、分散後には、性交渉の頻度及びエストロゲン値が急激に増加した。一方で、分散前には、プロゲステロンの変化はみられず、分散後半年してその値が上昇し始めた。性成熟の萌芽は、至近的要因となっているようであり、この結果は近親交配の回避という分散の究極的要因のひとつをサポートする。 以上のように、データ収集や実験は着々と進んでおり、期待通りに研究が進展したといえる。一方で、論文の執筆が遅れているため、急いで取り纏める必要がある。本年度、さらにフィールドデータを収集し、分析・実験を重ねることで本研究の完遂を目指す。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では、行動観察及び尿試料を用いた性ホルモン値の測定から、ボノボメスの性・社会的な変化を調査し、分散・移籍の至近的要因の解明を試みている。今後とも継続的なフィールドワークを行うことで、ライフスパンが長いためにサンプルサイズの限られる大型類人猿の通時的データを蓄積し、メスの分散・移籍に関わる生物学的(発達・社会生態学的)な基盤の形成を目指す。 一方で、ボノボ同様にメスが集団間を移籍するヒト科のチンパンジー、ゴリラ、およびクモザル科のクモザル、ムリキ、ウーリーモンキー種における研究は、より大きな視点で父系型社会の分散・移籍パターンを捉えるうえで重要である。これらの大型霊長類の種は、それぞれが独特な社会構造をもっており、それらがどのようにメス分散・移籍パターンへ反映されているかを明らかにすることは、メスの生活史特徴と繁殖戦略の理解につながる。これらの種の先行研究をレビューし、本ボノボ研究において比較することで、メスの分散・移籍に関する新な知見を示唆したい。 本研究は、特にボノボメスの分散の至近的要因に焦点を当てているが、最終的には、メス分散の究極的要因の解明を目論むものである。出自集団からの分散、他集団への一時的訪問・定着、そして初産といった移籍に関する一連の流れを理解するためには、単位集団間を移出入するメスのDemographyデータが不可欠である。しかし、最も歴史の長いボノボ調査地であるワンバでさえ、人馴れ・個体識別が完了している集団は3つに留まっており、移籍過渡期の思春期メスたちの動向は不明な部分が多い。本研究の完遂後、ボノボメスの移籍過程及び集団の選好性を明らかにするために、ワンバにおいて調査集団に隣接する2つの集団の短期集中的な追跡を実施し、そのメンバーシップと行動圏を調査する。
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