2017 Fiscal Year Annual Research Report
現代メラネシアにおける「客体化」の相対化:ポスト紛争期ソロモン諸島の事例から
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17J03233
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
橋爪 太作 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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Keywords | ソロモン諸島 / メラネシア / 社会変動 / アイデンティティ・ポリティクス |
Outline of Annual Research Achievements |
オセアニア地域の島嶼国であるソロモン諸島では、20世紀以降の植民地化や近代化の進展とともに、人々が自らの伝統を再解釈し生活戦略の中で利用可能にする動きが生じてきた。しかし1999年から同国で勃発した「民族紛争Ethnic tension」と呼ばれる他島出身者間の武力衝突や、海面上昇などの気候変動を契機として、こうした伝統の客体化の流れに新たな変化が生じつつある。 以上のような認識をもとに、同国の中でも近年の社会・自然環境の変化の影響を最も多く被っていると言われているマライタMalaita島出身者のコミュニティに着目し、その現代的変化の実態について国内の研究会で研究発表を行い論文としてまとめるとともに、現地に渡航し当事者の意識や実践に内在した人類学的な調査研究を行った。 平成29年度の現地調査は当初7ヶ月間を予定していたが、諸般の事情により2017年11月から2018年2月までの約3カ月間になった。調査地としては以前より調査を行ってきた同国ガダルカナルGuadalcanal島の首都ホニアラHoniaraおよびマラウMarau地域のマライタ島出身者コミュニティに加え、マライタ島北部の西ファタレカWest Fataleka地域にも1ヶ月半程度滞在した。 調査の結果、他島への移住者や都市在住のマライタ島出身者の間には、近年の社会不安や都市生活への失望を背景として「今の暮らしは持続不可能だ」という意識が広範に共有されていること、対してこれらの人々が真正な暮らしが可能な場所として思い描く村落部では、人口圧の増加や開発を契機として土地争いが生じ、氏族の祭祀や移住に関わる伝承がそのために動員されていることが分かった。 今後の課題として、こうした土地と人間集団の関係の再編過程における文書や祭祀地といったモノの役割、あるいは他地域から移住を目指す人々と在地の社会の関係性について追求していく必要がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成29年4月から7月にかけて、前年度にソロモン諸島ガダルカナル島マラウ地域で実施した現地調査のとりまとめを行った。フィールドノートの再コーディング作業、およびソロモン諸島国立公文書館で収集した文書の読解を進めた結果、現在のマラウ地域が抱える土地の正当性およびエスニック・アイデンティティの消失という危機的な状況を、より広範な歴史的・文化的な文脈に位置づけて理解することが可能になった。 その成果を7月30日から開催された「第4回筑波人類学ワークショップ」において発表した。発表内容は論文として改稿し、平成30年秋の日本オセアニア学会ニューズレターに投稿する予定である。 調査結果のとりまとめと公表を進める中で、今後の方向性として、当初の研究計画で主な調査フィールドとしていたマラウ地域のみならず、同地と民族的な源流を同じくし、歴史的にも密接な関係性を持つマライタ島にも調査対象を広げるべきという結論に達した。その結果、平成29年11月から30年2月にかけてソロモン諸島に再渡航し、現地の共同研究者の協力を得てマライタ島北部西ファタレカ地域に滞在した。 同地では人口圧による土地不足や近代的開発を契機として土地不安が広がり、現在の土地よりも古い内陸部の故地との関係性の再構築の試みが広く起こっていた。このような状況はマラウ地域の事例との比較・対照においてきわめて興味深いものであり、今後さらなる調査によって明らかにすべき点を含んでいると考えられる。 滞在中は現地語(北マライタ諸語西ファタレカ方言)の学習を積極的に進めるとともに、伝統的部族集団や教会など現地社会の中心的な人々と面会し、今後の調査への協力を要請した。 帰国後は来年度のさらなる調査に向けて、近隣地域を専門とする研究者らと積極的に意見交換を進め、研究計画の方向付けを行った。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度に行った現地調査の結果、現代ソロモン社会における伝統の客体化の現状を理解するためには、これまでのガダルカナル島での調査に加えてマライタ島での調査を進めることが不可欠であるという認識を得た。そのため平成30年度5月より計9ヶ月間の現地渡航を行い、前回と同じ西ファタレカ地域において長期調査を実行する予定である。すでに現地でのホームステイ先等の受け入れ体勢は整っており、調査で使用する現地語の学習も進めている。 これまでの調査において、新たな社会経済的な状況の中で土地が人々の関心の焦点として浮上していることが分かってきた。さらに興味深いことに、共通語であるピジン英語でしばしば「ディスピュートdispute」と呼ばれる集団間の争いは、現地語では「我々はただ真理mamanaを探しているだけだ」とも言明される。 このように集団と土地を結びつける実践をめぐっては、現地社会の内部で2つの理解が併存している現状がある。ともすれば前者の理解を前景化してきたこれまでの諸研究に対し、後者の側を前景化しつつ調査を進めることで、メラネシア人類学に新たな展開をもたらすことができるとの感触を得た。 具体的には、現地社会における真理mamanaの存在形態について、共同体に内的な判断の美学的形式や、それを外部から立証する実験あるいは物的証拠の実践、あるいは口頭伝承や官僚文書といった真理を伝達するメディアの生産・流通・消費の形態を経験的に追跡することを通じて明らかにしていく。また、キリスト教化以前の祭祀地が人々にもたらす不安や、裁判システムの厳密な作動が固有に発生させる変異など、常識的には真理の対極にあると考えられる不確定な要素が、いかに実践のなかで変換されつつ持続し、さらには真理の発現としてのリアリティを獲得するのかに着目することにより、現在の社会変動を潜在的なレベルにおける動態から明らかにしていく。
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