2018 Fiscal Year Annual Research Report
希土類鉄ガーネット化合物を用いた磁気副格子のスピンダイナミクスに関する研究
Project/Area Number |
17J03624
|
Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
崎村 広人 東京工業大学, 物質理工学院, 特別研究員(DC1)
|
Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
|
Keywords | スピン流 / 反強磁性体 / 強磁性共鳴 / 磁化ダイナミクス / マグノン / 散乱現象 |
Outline of Annual Research Achievements |
採用二年目の年次計画【二層膜系におけるスピンホール磁気抵抗効果の測定と逆スピンホール起電力測定】の進捗状況を報告する。今年度は昨年度に作成したErIG/Ptの二層膜試料を用いて逆スピンホール起電力測定を試みたが、有意な信号検出に至らなかった。そこで我々はErIGと同様副格子磁化を持つ反強磁性体の酸化ニッケル(NiO)に着目し、その副格子磁化ダイナミクスのスピン輸送への寄与を調べることとした。 先行研究より反強磁性絶縁体であるNiOは高いスピン流伝搬特性を持つことが知られている。これはスピン流注入層/反強磁性層/スピン流検出層という三層構造で確かめられた実験事実である。しかし反強磁性体中のスピン流伝搬機構や、強磁性体が反強磁性体と接することによる強磁性体中のスピン流生成への影響についてはまだ明らかになっていない。 我々は強磁性金属(Ni81Fe19=Py)/反強磁性絶縁体(NiO)二層膜系におけるスピン流の生成に関する研究を行い、先行研究では無視されてきた現象であるTwo-magnon scattering(TMS)の発現がこの系におけるスピン流生成特性に大きく影響することを明らかにした。具体的には、Py/NiO二層膜試料の強磁性共鳴線幅の面外角度依存性からPy中でのスピン流生成に本質的な役割を果たす磁化の歳差運動の減衰に寄与する機構がNiO層の存在とその膜厚により変化することを初めて定量的に示した。これは多結晶NiO由来のランダム配向交換磁場によるPyの磁化配列の乱れに起因する。この結果は既存の強磁性/反強磁性二層膜系を含む系におけるスピン流生成・伝搬に関する研究結果の再考察の必要性を示唆している点で重要である。本研究の成果は国際的な物性物理学の査読付き論文誌であるPhysical Review B誌に掲載された。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上述の通り、我々は強磁性金属(NiFe合金=Py)/反強磁性絶縁体(NiO)二層膜系におけるスピン流の生成に関する研究を行い、先行研究では無視されてきた現象である2マグノン散乱(TMS)の発現がこの系におけるスピン流生成特性に大きく影響することを明らかにした。以下に詳細を述べる。 【試料作製・評価】高周波スパッタ法によりPy (8 nm)/NiO(d)の二層膜を作成した。dは0~12.5 nmの6種類とした。界面の質と薄膜の結晶性は原子間力顕微鏡(AFM)、X線反射率測定(XRR)とX線回折法(XRD)により評価した。 【測定】電子スピン共鳴装置を用いて強磁性共鳴(FMR)の測定を行った。共鳴線幅の面外外部磁場角度依存性測定から、系に存在する磁化の種々の減衰機構の寄与を分離定量した。同測定を全てのdの試料に対して行った。 【結果・考察】AFM、XRRとXRD測定の結果、Py/NiO界面のラフネスはdの増加に対し一定かつNiOは多結晶を形成していることが確認された。また共鳴線幅の角度依存性のフィッティングから、TMSがdの増加と共に強くなっていたことが明らかになった。TMSとはFMRにより励起された波数0のスピン波が結晶中の非周期的摂動により有限波数の状態に散乱されるという現象であり、強磁性薄膜の格子欠陥やラフネスにより誘起される。界面のラフネスは一定であるため、今回観測されたTMS強度の増大は界面ラフネスの増大によるものではなく面直磁気異方性の空間的不均一分布に起因すると考えられる。その直接の原因が多結晶NiOによって生じるランダム配向の交換磁場である。界面ラフネスが一定にも関わらずdと共にTMS強度が上がったという結果は多結晶NiO由来の交換磁場のランダム配向性に起因した界面におけるPyの磁化配列の乱れを面直磁気異方性の空間的不均一性と解釈することで説明できる。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の方策は2点ある。1つは、反強磁性体中の面直方向のスピン流伝搬特性を明らかにすることである。この実験に際しては上述の研究と同様多結晶のNiOを用いる。Py/NiO/Pt(スピン流源層/スピン流伝搬媒質層/スピン流検出層)という三層膜系を用いてNiOを透過するスピン流の定量を行い、今回得られたTMSの影響(TMSはスピン流生成量を減少させる)を考慮したうえでNiOの真のスピン流透過特性(スピン流減衰長)を明らかにすることを目指す。現在サンプル作成が完了しスピンポンピング法によるスピン流透過量測定中である。 2つ目は反強磁性体中の面内方向のスピン流伝搬特性を明らかにすることである。この実験に際しては単結晶NiOを用いる予定である。NiOのスピン配列は結晶方位により異なり、(111)面では強磁性的に、(110)と(100)面では反強磁性的になる。つまり面方位によって面内スピン流伝搬長に差がある可能性がある。それを実験的に検出することが狙いである。 1点目と2点目の本質的な違いは、スピン流伝搬媒質である反強磁性体が多結晶か単結晶かということである。本研究で使用する反強磁性体のNiO薄膜の粒径は条件にもよるが数十nmという報告が多く、これは現在報告されているNiOのスピン流減衰長約10 nmと比べると大きい。しかしこの10 nmという値はTMSを考慮していないためそれを考慮すると10 nmよりも大きくなる可能性がある(それが1点目の狙い)。反強磁性体を通るスピン流が粒界を跨ぐときと(多結晶)、跨がないとき(単結晶)でスピン流伝導に本質的違いがあるのかを明らかにすることで、反強磁性体におけるスピン流伝搬の理解を深めることができる。
|
Research Products
(3 results)