2017 Fiscal Year Annual Research Report
フランス語圏カリブ海地域文学の言語・空間横断的研究―エメ・セゼールを中心に―
Project/Area Number |
17J07489
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
福島 亮 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
|
Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
|
Keywords | エメ・セゼール / カリブ海地域 / ヴィシー政権 / 亡命知識人 / 文学場 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究全体の目的は、南北アメリカを横断する文化運動としてセゼールの作品を読み解くことである。この目的を達成するために、本年度は主に以下の二つの研究を行った。 まず、第二次世界大戦中のカリブ海地域とニューヨークの関係を明らかにすることである。先行研究では、主に、第二次世界大戦中のセゼールとシュルレアリスムの出会いに照明が当てられてきた。本研究はヴィシー政権下のフランスから多くの芸術家や知識人が合衆国に亡命していることに着目し、ブルデューが言うところの「文学場」が第二次世界大戦中のニューヨークでフランス人亡命者によって形成されていたことを明らかにした。ヴィシー体制下のマルティニックにいたセゼールは、このニューヨークの「文学場」と接触することで、自身の作品を発表していたのである。このことは査読論文として公表した。 次に、第二次世界大戦後のマルティニックにおけるセゼールの「政治的闘争」が南北アメリカの政治的・歴史的要因からどのような影響を受けているのか明らかにすることである。これまでの先行研究では、第二次世界大戦後のフランス共和制の文脈で、セゼールによる脱植民地化が考察されてきた。そのため、フランスへの同化を批判する詩人としてのセゼールと共和制を信奉する政治家としてのセゼールの間に断絶があるとされてきた。本研究はセゼールが1944年に発表した「パノラマ」という文章を分析することで、この時期のセゼールが合衆国の政治的覇権やハイチの歴史から影響を受けつつ、政治的なものと詩的なものを結びつけていたことを明らかにした。この成果は査読論文として公表した。 第二点目についてはさらに時代を1960年代以降まで拡張してさらなる考察をする必要がある。2018年に東京で行われた国際コロックでは、60年代のアフリカと南北アメリカに関する考察を行った。来年度も引き続きこの方向で展開するつもりである。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「(2)おおむね順調に進展している」とした理由は次の二つである。 第一に、2017年11月28日から2018年1月16日までマルティニックおよびフランス本国で行った現地調査によって、1940年代のセゼールに関する文献調査が大きく進展したからである。具体的には、1940年代のマルティニックでセゼールの学生たちによって刊行されていた雑誌『カラヴェル』を調査することができた。また、マルティニック在住のセゼール研究者と交流を持つことができたことも本研究にとって有意義であった。ただし、40年代のマルティニックに関する資料は保存状況がよくないため網羅的な調査はできなかった。また、第二次世界大戦中にセゼールの学生であり、本研究のコーパスの一つである雑誌『トロピック』に寄稿している歴史家アルマン・ニコラ氏にインタビューをしたことで、40年代の時代状況を資料と既存の歴史観で再構築するだけでは不十分なことがわかった。これは本研究が当初意図していなかった歴史観の見直しを迫るものであり、本研究に新たな方向性を与える出来事でもあった。 第二に、本年度の研究によって、40年代のセゼールの活動の解明に寄与することができたからである。特に、近年歴史学の分野で調査が進んでいる亡命知識人の研究にカリブ海地域の文学との連関を見出した点は本研究独自のものである。ただし、現時点で公表している成果は、セゼールの文学作品を新たな歴史的文脈の下で解釈する次元にとどまっている。新資料の発見も含めて、歴史観そのものの見直しを迫る研究を展開することが今後の課題である。 以上二つの理由から、本研究はおおむね順調に進展していると考えられる。本年度の研究を通して多くの課題も見つかったが、それは来年度の研究を当初よりも深く掘り下げるものである。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方策は次の二点である。 第一に、基本的な研究の進め方は当初の計画に従う。具体的には、2018年度は長期間の在外調査を行い、セゼールと南北アメリカの関係についてさらなる資料調査を行い、その成果をフランス語で公表するつもりである。本年度の調査で収集した40年代の文献の解析成果もフランス語で発表する予定である。 第二に、しかし、本年度の研究を通して研究対象とする時期を大きく拡張する必要があることがわかった。したがって、当初の計画では想定していなかったが、セゼールと南北アメリカの関係について60年代以降(できれば80年代)にまで視野を広げて研究したい。この変更の背景には、本年度行ったマルティニックでの現地調査での体験がある。すなわち、本研究はセゼールをめぐる既存の文学史や歴史に南北アメリカという新要素を追加するだけではなく、より総合的にセゼールと南北アメリカの関係を調査することで、セゼールに関して構築されてきた歴史観そのものを見直すものでなくてはならない、と現地調査を通して考えたのである。 そこで、具体的な対応策として、まず2018年度は60年代のセゼールと南北アメリカの関係について調査する。この点関してはすでに研究を開始している。特に次の二点を明らかにする予定である。第一に、1960年代にセゼールが発表した戯曲作品におけるアフリカと南北アメリカの間に連関はあるのか、あるとしたらどのような連関があるのか、この点を明らかにする。60年代のセゼールの戯曲についてはハイチの歴史や合衆国の黒人運動との連関がこれまで指摘されてきた。しかし、それを実証的な形で、しかも作品の読解という形で展開した研究は少ない。第二に、60年代以降カリブ海のフランス海外県で問題となる本国への人口移動とそれによるカリブ海社会の破壊がセゼールの作品においてどのように表象されているのか明らかにする。
|