2017 Fiscal Year Annual Research Report
内在性癌抑制機構と創傷治癒を司る細胞競合の生理的意義の解明
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17J09816
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
飯田 千晶 京都大学, 生命科学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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Keywords | 創傷治癒 / 細胞競合 / Drosophila |
Outline of Annual Research Achievements |
近年、自然界における生物個体の適者生存競争とよく似た現象が多細胞組織の細胞間でも起こることが明らかになり、「細胞競合」と呼ばれている。細胞競合の分子メカニズムは少しずつ明らかになってきている一方で、その生理的意義は未だにわかっていない。 申請者はこれまで、細胞競合の最上流を制御するリガンド-受容体 Sas-PTP10Dシステムに注目して、細胞競合の生理的役割を探索してきた。その結果、このシステムが創傷治癒に必要であることを見出した。具体的には、ショウジョウバエ翅成虫原基に創傷を導入すると、通常は発生過程でこの創傷は修復され成虫ではほぼ正常な翅を形成する。しかしこのシステムを破綻させると、通常の発生には影響しないにも関わらず、創傷治癒に失敗し異常な翅が形成された。このことから、細胞競合マシナリーが創傷治癒に必要であることが示唆された。 本研究では、まずSas-PTP10Dシステムの創傷治癒における役割を解析した。その結果、このシステム破綻時に細胞増殖の亢進と細胞死の減少が起こった。さらに、細胞競合においてSas-PTP10Dとは異なる細胞競合のステップを制御するSlit-Robo2システムについても同様に解析した。具体的には、slitやrobo2の変異体の翅成虫原基に創傷を導入したところ、創傷治癒に失敗し異常な翅が形成された。このことから、このシステムもまた創傷治癒に必要であることが示唆された。さらに興味深いことに、このシステム破綻時には死細胞の排除不全を招くことがわかった。現在、これらの異常が引き起こされるメカニズムを解析中である。 一方で申請者は、創傷治癒過程の翅原基のpouch領域の基底側に未知の膜状の構造物が形成されることを発見した。この構造について解析したところ、アクチン繊維とコラーゲンが含まれていることがわかり、その役割についても解析していく予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまで申請者は、創傷治癒プロセスにおける細胞競合マシナリーの役割を解析することで、細胞競合の生理的意義の解明を目指してきた。細胞競合マシナリーの一つであるSas-PTP10Dシステムは、細胞競合において異常細胞の増殖を抑制し細胞死を誘導する。興味深いことに、創傷治癒においてこのシステムを破綻させると、創傷周辺で細胞増殖が亢進し細胞死が抑制されることがわかった。このことから、Sas-PTP10Dシステムが細胞競合と創傷治癒の両方で類似した役割を担っていると考えられ、現在、その分子メカニズムの詳細を解析している。 さらに申請者は、細胞競合においてSas-PTP10Dシステムとは異なるステップを制御するSlit-Robo2システムもまた、創傷治癒に必要であることを見出した。このシステムは細胞競合において異常細胞の排除を制御する。そこで、創傷治癒プロセスにおける死細胞の排除に注目し、創傷導入6時間後における死細胞の空間的位置を観察した。その結果、野生型では組織中に残る死細胞の割合は20%だった一方で、Slit-Robo2システム破綻時にはその割合は40%であった。このことから、Slit-Robo2システムは創傷治癒においても死細胞の排除を制御することが示唆された。さらに興味深いことに、創傷周辺で細胞増殖が亢進していた。このことから、死細胞の排除不全に起因する「代償性増殖」が起こっていたと考えられた。現在、Slit-Robo2システム破綻時の死細胞の排除不全と過剰増殖が起こるメカニズムを解析中である。 一方で申請者は、創傷治癒過程初期の翅原基のpouch領域の基底側にアクチン繊維とコラーゲンから成る未知の膜状の構造物が形成されることを発見した。しかしこれまでのところ、この構造体がいつ、どのように形成されるのか、またその役割については不明であり、これから解析を行う予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに発見した創傷治癒における細胞競合マシナリーの役割を明らかにするために、ショウジョウバエ遺伝学的を用いて詳細な解析を進める。具体的には、Sas-PTP10DシステムまたはSlit-Robo2システムを破綻させた翅原基において、さらに変異体やRNAiを用いて特定の遺伝子を人為的に抑制または活性化させる。ここで翅原基に創傷を導入し、それぞれのシステムの上流や下流でどのようなシグナルが動いているのかを免疫抗体染色により観察する。Sas-PTP10Dシステムに関しては、細胞競合においてその下流でEGFRシグナルやHippo経路が重要な役割をもつことから、これらとの関係に注目する。また、Slit-Robo2システムに関しては、前述の通り代償性増殖が起こっている可能性があることから、代償性増殖に重要であると言われているイニシエーターカスパーゼdroncに特に注目して解析を進める。 また、創傷治癒プロセスで翅原基に形成された膜状の構造体に関しては、いつ、どのように形成されるのかをまず解析する。具体的には、創傷導入後の様々なタイミングで組織を解剖し、免疫抗体染色によりアクチン繊維とコラーゲンを観察する。さらに、創傷治癒プロセスをライブイメージングで観察することで、膜状の構造体が作られていく過程を詳細に解析する。また、ショウジョウバエでは血球細胞のヘモサイトが基底膜のコラーゲンを供給することが知られており、この未知の構造体の形成にもヘモサイトが関わっている可能性が考えられる。そこで遺伝学的にヘモサイトを殺し、この構造体の形成へのヘモサイトの寄与を検討する。 今後は、細胞競合マシナリーによる創傷治癒プロセスの制御を分子レベルで解析することで、細胞競合の生理的意義に迫りたい。さらに、未知の構造体についても解析を進めることで、創傷治癒のプロセスの理解をさらに深めていくことを目指す。
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Research Products
(4 results)