2018 Fiscal Year Research-status Report
長期放射線応答シグナル研究:細胞内被曝記憶分子の機能解明とその応用
Project/Area Number |
17K00556
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Research Institution | Prefectural University of Hiroshima |
Principal Investigator |
達家 雅明 県立広島大学, 生命環境学部, 教授 (50216991)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 放射線被曝 / ゲノム応答 / バイオドジメトリ / 被曝検査 / アポトーシス / 細胞極性 / 分裂軸 / スピンドル・オリエンテーション |
Outline of Annual Research Achievements |
RhoGDI(Rho GDP-dissociation inhibitor)は、細胞運動制御シグナルの分子スイッチとして機能して いるRhoGTPaseファミリー分子群(RhoA、Rac1、Cdc42 など)の阻害因子として知られる。RhoGDIに はα、β、γの3種類がある。その内、RhoGDIβは、細胞内では主に、Racの暴走を抑えるレオスタットの役割を持っており、がん転移抑制を担とされるが、促進効果についても報告があり、判然としない。RhoGDIβだけに3型カスパーゼ切断サイトが存在する。放射線などのDNA損傷によって、N末側欠失フラグメント(ΔN-RhoGDIβ)が生成されるが、その生理的意義は不明である。本研究プロジェクトでは、1)ΔN-RhoGDIβ機能解析、2)被曝検出への応用について研究を行なう。 1)ΔN-RhoGDIβは、3型カスパーゼ依存的アポトーシスの実行後に生存している細胞において発現しており、3型カスパーゼ下流で働くアポトーシス実行因子では無い。アポトーシス後の臓器や組織内で、アポトーシスを免れた細胞による組織再生やがん再発(apoptosis-induced compensatory proliferation)において機能していると考えられる。上皮由来の癌腫細胞や血球系細胞では、ゲノム・ストレス後の生存細胞においてRhoGDIβの発現増加と持続的なΔN-RhoGDIβの発現が確認される。また、HeLa細胞を用いた実験において、細胞分裂軸方向性(スピンドル・オリエンテーション)にΔN-RhoGDIβは影響を与えていた。 2)マウス末梢血を用いた実験から、ΔN-RhoGDIβの鋭敏な検出系を開発し、in vitroの照射においてΔN-RhoGDIβが放射線被曝の指標となることを見つけている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
●機能解析について 当初の知見では、RhoGDIβのN末側欠失フラグメント(ΔN-RhoGDIβ)は、その強制発現細胞の観察結果から、飽和密度に達した細胞におけるin vitro scratch assay of wound healingで、scratchされて細胞が再増殖する場所での細胞運動の方向性を乱す活性のあることがわかっていた。すなわち、飽和密度に達した細胞集団において、細胞が喪失してしまった方向に通常は細胞が遊走するのであるが、ΔN-RhoGDIβは、この遊走自体の能力を大きく下げるのではなくて、分裂の方向性を乱すことによって、遊走方向を制御していた。本研究プロジェクトで新たに開発したスピンドル・オリエンテーションの定量的な測定方法によって、ヒト癌腫(子宮頸部癌)由来HeLa細胞を用いて、放射線照射により細胞死を起こした後に細胞死を免れた生存細胞では、分裂軸が乱れていることを見つけた。また、この時、アポトーシス誘導性の補償増殖(apoptosis-induced compensatory proliferation)が見られた。この誘導は、ΔN-RhoGDIβにより促進され、その発現抑制によって抑制された。また、亜致死線量を照射した正常上皮細胞でΔN-RhoGDIβ依存的に分裂軸の乱れが生じていることを見つけており、これらの結果は、従来の考え方である放射線照射後に生き残った細胞におけるゲノム変異や染色体不安定性の招来に加えて、分裂軸の制御変更を通じた組織再構築への影響という「新しい放射線応答現象」を発見しており、この応答現象へのΔN-RhoGDIβの関与は、当初の計画以上の新しい知見をもたらしていると考える。 ●被曝検出について マウス末梢血におけるΔN-RhoGDIβの簡便且つ鋭敏な検出方法を開発しており、計画は概ね遂行出来ていると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
●機能解析について 従来、細胞集団の放射線応答については、アポトーシスやネクローシスなどの細胞死、バイスタンダー効果やサイトカインの放出による影響、また、細胞周期チェックポイントとDNA損傷修復、そして、その後の突然変異と染色体架橋による分裂異常、更には、スピンドル・チェックポイントへの長期間の影響による染色体不安定性の誘導などが研究されて来たが、細胞極性を主眼とした放射線応答研究はほとんど無い。 ゲノム障害を受けて損傷した組織で、その再生過程において、再増殖した細胞ではアポトーシス誘導性補償増殖(apoptosis-induced compensatory proliferation)が起こっている。この補償増殖シグナル経路には、細胞極性制御のマスター・スイッチであるCdc42が深くかかわっていることが知られる。すなわち、組織を補填するべく分裂する細胞では、ランダムな分裂軸方向性が優位になることが、幹細胞性増殖による組織補填のために必須であり、この過程でのCdc42阻害がマスター・キーとなっているらしい。 本研究で提唱する仮説とは、「ΔN-RhoGDIβが上皮系や血球系の細胞における長期放射線応答シグナル分子のひとつであり、細胞内被曝記憶を担っている分子として、アポトーシス誘導性補償増殖をポジティブに制御している」というものである。この仮説の実証主義的証明が今後の大きな課題である。そして、ΔN-RhoGDIβ発現を左右する監視役としてのミトコンドリア機能についても、研究を進める必要がある。 ●被曝検出について マウス個体での少量末梢血採取による被曝検査の実現を目指す。この成功は、ひいては、ヒトでの少量末梢血採取による被曝検査の実現に繋がる。
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