2020 Fiscal Year Research-status Report
ブータンの発展政策の実証的研究を通した内発的発展論の再検討
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17K02056
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Research Institution | Konan University |
Principal Investigator |
真崎 克彦 甲南大学, マネジメント創造学部, 教授 (30365837)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 地域研究 / ブータン王国 / 内発的発展 / 市場経済 / 自由民主主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、村落生活を重んじる在来文化に即して①市場経済化と②自由民主主義を推進するという、ブータンの内発的発展政策の検証に取り組んでいる。 ②については、ブータンの政治体制の内発的な特性についての論文(英語・日本語の双方)を刊行した。同国の政治体制の根本原理である国民総幸福(GNH)政策はしばしば、統治階級にとって体制保守の手段であると批判されるが、そうした批判を「ポストヒューマニティーズ」(西洋近代的な人間中心主義を相対化する学説)よりとらえ返す論文である。 また、①については引き続き、中部のシンカル村の乳業協同組合を調査し、年度内に別の論文(英語)の執筆を終えた。乳業協同組合をめぐる動きを「コミュニティ経済」論から検証し、その結果より、村落共同体での経済振興のあり方を考察する論文である。主流派経済学では市場経済は、個々人が経済的な自己利益の最大化を図る場と措定され、それをどう廻すのかが主題となる。他方の「コミュニティ経済」論では、経済は「人の生存・生活総体に関わる活動」ととらえられ、経済振興の方途を探る際、地域における住民どうしや自然環境との関わりが射程に入ってくる。シンカル村の乳業協同組合は平成30年に始まり、乳製品は近隣市場で順調に売れ、組合員たちの所得も平均して1.5倍上がった。その成功要因として、組合員が個々人の所得向上だけでなく、村の祭事のための資金捻出も望んでいた点が挙げられる。人どうしの紐帯や自然の恵みを基盤とした暮らしを継承し、発展させていく上で、祭事はこれからも暮らしの大事なイベントであり続ける。そうした住民の思いが(「コミュニティ経済」論で想定されるように)組合成功の原動力となった。組合員はそうして、村落在来の文化に即して協同組合を運営し、市場経済化に尽力してきた。こうした論旨で著した論文は、令和3年度早々に学術誌に投稿する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
新型コロナウイルスの感染拡大でブータン政府が査証発給を停止し、令和2年度も前年度同様、現地調査を行うことができなかった。そのため、首都ティンプーで予定していた②自由民主主義についての現地調査を実施することができなかった。またシンカル村でも予定がかなわず、実地での①市場経済化の調査を行うことができなかった。ただし、こうした制約のもとでも以下の成果を上げることができたので、それらを踏まえて「(2)おおむね順調に進展している」と区分している。 ②についてはSNSを用いて村の関係者とコミュニケーションを図り、現地調査を依頼することで進捗状況を把握することができ、上記「5.研究実績の概要」で述べた通り、論文(英語)を仕上げた。 ①についても、新たな論文を仕上げ学術誌に投稿することができた。査読の結果マイナーな修正が求められており、令和3年度の刊行を目指したい。ブータンの政治体制の根本原理であるGNHは、ブータン独自の文化や自然環境の保全という名目のもと、仏教王国体制の保守のために個人の自由・権利を制限する政策として生まれてきた、とよく批判される。新しい論文では、同政策の来歴を精査した上で、そうした指摘が一面的なとらえ方であることを論じている。物質的な生活水準に片寄ることなく、文化振興や環境配慮を含めた幅広い観点から生活改善をとらえる気運が世界各地で高まる中、ブータン政府もその潮流に即した形で漸次、GNHの精緻化を進めてきたからである。個人の自由や権利を制限することだけを念頭にGNHが出てきたわけではない。また、個人の自由・権利の制限だけを取り上げて問題視する上記の見解には、国家や地域に束縛されない自由な個人を称揚する近代的発想が反映されていて、社会運営をめぐる多文化性を尊重する姿勢が欠けている。こうした観点より、GNHの来歴をより幅広くとらえるよう主張する論文に仕上がった。
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Strategy for Future Research Activity |
ティンプーでは特に令和2年度までに実現できなかった②自由民主主義についての現地調査を実施したい。平成30年度には国政選挙が行われ、政権交代が起きている。そこで、政権交代によって内発的発展政策に何らかの軌道修正がされたかのか否か、またその場合、同政策がどういう修正がなされたのかについて調査する所存である。他方、シンカル村でも引き続き、乳製品加工の協同組合づくりのその後の動静の調査を行うことで、在来文化に即して①市場経済化を推進するという、ブータンの内発的発展政策をめぐる成果と課題について考察を深めていきたい。
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Causes of Carryover |
令和2年度には上記の通り、新型コロナウイルスの感染拡大で現地調査ができなかったため、事業期間の延長を申請し、予算の一部を次年度に繰り越すこととなった。本報告書の執筆時点では(令和3年5月前半)、ブータン政府が直ちに査証発行を再開する目途は立っていない。そこで年度後半に現地調査の計画を立てておくとともに、令和2年度同様、現地の研究者や関係者ともに共同研究を年度初めから進めていきたい。
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