2020 Fiscal Year Research-status Report
カント義務論における「自己自身に対する義務」の研究
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17K02187
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
御子柴 善之 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (20339625)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 自己自身に対する義務 / 道徳的自己認識 / 義務 / 責任 / 地球環境問題 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度の主たる成果の一つは、同年9月8日と10日にオンラインで開催した、第14回日独倫理学コロキウムである。このコロキウムの主催者は、研究代表者と寺田俊郎氏、舟場保之氏、マティアス・ルッツ=バッハマン氏、アンドレアス・ニーダーベルガー氏である。全体テーマはVerantwortung im Anschluss an Recht, Ethik und Politik(責任―法、倫理、政治との関連で)である。9月8日にはカントの『永遠平和のための』から二つの補説が検討された。9月10日には全部で五つの研究発表が行われた。研究代表者10日にPflicht und Verantwortung in Hinsicht auf Kants Begriff der Verbindlichkeitという題目で研究発表を行った。この研究発表では、カント倫理学における「拘束力」という観点から、義務概念と責任概念との次のような相違を明確にした。すなわち、義務概念は普遍的な拘束を含意するものであり、責任概念は文脈依存的な拘束を含意するものである。さらに、環境問題のような具体的な問題においては「責任」概念が重視されているという動向を認めた上で、「義務」概念による普遍的制約を欠くなら、責任意識がスーパーエロゲーションを生じる危険があることを指摘した。 2020年度の後半は、単著『カント 純粋理性批判』の刊行のために費やされた。同書は、カントの主著『純粋理性批判』から重要な箇所を訳出し、それに適切な解説を付すものである。『純粋理性批判』が大著であるがゆえに、その全体の解説を企図した著作も大部のものにならざるを得ない。結果として、刊行された著作は770頁を超える規模のものになった。この単著はカントの哲学の根幹にかかわるものであり、特に、自己意識の問題を扱うがゆえに、本科研費研究と密接に関係している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年度を最終年度とするはずであった本研究は、同年度に感染症COVID-19が蔓延したために、完成が不可能となった。まずは、2020年4月に予定していた、ドイツ連邦共和国ハレ大学のハイナー・F・クレメ教授を招聘しての講演会・研究会を中止せざるを得なくなった。同教授の来日・滞在のために研究費を温存してきたが、この中止によって、多額の研究費が残ることになった。次に、この研究費を有意義に執行すべく、リサーチ・アシスタント2名を雇用して、カント倫理学と環境倫理学の文献調査を行ったが、それが実現したのはようやく秋学期のことである。春学期は、大学のキャンパスがロックアウト状態に置かれたからである。以上の結果として、本科研費研究は、2022年3月まで研究期間を延長することが必要となり、その申請が承認された。 ただし、研究代表者が遂行している研究そのものには、おおきな遅滞はない。すでに論文「カント義務論と『自己自身に対する義務』の問題」(2018年)ならびに「カント義務論と道徳的自己認識の問題」(2020年)を発表し、口頭での研究発表も複数実現しているからである。2020年度の多くの時間は単著『カント 純粋理性批判』刊行のために費やされたが、この作業も本科研費研究のために重要な洞察をもたらした。特に、カントの『純粋理性批判』がいまだ彼の倫理思想として未熟である点を明確にし、それにもかかわらずこれまで多くの解釈者を困惑させてきた、彼の実践的自由と超越論的自由との関係をめぐる所説を明確にすることができた。さらには、同書第二版における「純粋悟性概念の超越論的演繹」の箇所に見られる「自己意識」と「自己認識」の相違にかんする所説は、本研究に含まれる道徳的自己認識の問題を深める手がかりとなった。残された課題は、環境問題にカント義務論を適切に適用することである。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年3月までの研究期間延長を有効に活用するために、次のような方策を採用する。第一に、昨年までと同様に2名のリサーチアシスタントを雇用し、カント義務論と環境倫理学の先端的な研究状況を把握する。そのための2名はすでに所属研究機関の制度に基づいて雇用済みである。第二に、当初の研究計画を実現すべく、二つの研究作業を継続し完成させる。その一つ目は、義務論の観点から「義務」概念と「責任」概念との相違と連関を明らかにする研究論文をまとめる。研究代表者は、この内容にかかわるドイツ語での研究発表を2020年9月に行ったが、その後、「責任」概念にかんするたいへん大きな研究書(論文集)がドイツで刊行されていることを知った。その著作に含まれるいくつかの論文を検討しつつ論文を執筆し、早稲田大学哲学会の学会誌『フィロソフィア』に投稿する。 もう一つは、カントの最初の倫理学書である『道徳形而上学の基礎づけ』(1785年)を再検討することである。本科研費研究では、『実践理性批判』(1788年)と『道徳形而上学』(1797年)を中心に据えて研究を遂行してきたが、その過程で、カントの義務論的思考がもっとも顕著に表面化する場面がむしろ『道徳形而上学の基礎づけ』の方に見出されることに気づいた。そこで、2020年度中から、同書をあらためて日本語に翻訳しつつ、その詳細な検討を進めている。この作業を2021年度中に終えたい。 2021年は本研究の最終年度なので、これまでの研究成果を振り返り、カント義務論において特に重視される「自己自身に対する義務」という観念とその環境倫理学への応用可能性についてまとめを行いたい。なお、第13回日独倫理学コロキウム(2019年度)と第14回日独倫理学コロキウム(2020年度)の発表原稿集の編集が、COVID-19の影響で遅延しているが、その完成・郵送も実現する。
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Causes of Carryover |
2020年4月にドイツ連邦共和国ハレ大学のハイナー・F・クレメ教授を招聘して日本で講演会などを開催する予定だったが、COVID-19の影響で実現できず、そのための費用(航空券代、宿泊代など)が残り、次年度使用が生じた。この感染症の状況を見る限り、2021年度に同教授を招聘することは依然困難なので、その分の研究費は次のことに使用する。すなわち、リサーチアシスタント2名を雇用し、毎週5時間、各学期10週、研究に協力してもらう。また、第13回日独倫理学コロキウム(2019年度)と第14回日独倫理学コロキウム(2020年度)の研究発表原稿集について、それを一冊にまとめて作成し郵送する。そのための費用を研究費から執行する。 以上の二点を執行することを予定した上で、見込まれる研究費の残額がある場合、最新のカント研究文献ならびに環境倫理文献を購入し、本研究のまとめに活用する。
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