2017 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
17K02190
|
Research Institution | Shoin University |
Principal Investigator |
高村 夏輝 松蔭大学, 公私立大学の部局等, 講師 (60759801)
|
Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | バートランド・ラッセル / 「論理哲学論考」 / 中性的一元論 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究対象である哲学者、バートランド・ラッセルが1918年まで採用していたセンスデータ理論は、心身二元論の立場に立つ形而上学である。そこから本研究課題のテーマである中性的一元論の立場へと変化するにあたって大きな役割を果たしたのは、ウィトゲンシュタインによる批判であった。しかし、ラッセルがウィトゲンシュタインの批判をどう受け取り、それまでの自説を捨てるに至ったのかは、明らかとは言えない。そこで、当時のラッセルの見解とウィトゲンシュタインの見解を比較し、その共通性と差異性の双方を見て取る必要がある。平成29年度はこの課題に取り組んだ。 ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』は、ラッセルからの影響は否定されないまでも、ラッセルの見解と根本的に異なる立場に立つものとされ、その理論的背景はむしろフレーゲにあるという解釈がかなり広まっている。しかし私見によれば、『論理哲学論考』はその存在論において明らかに反フレーゲ的であり、むしろラッセルの1903年の著作『数学の諸原理』とほぼ同一の立場に立っているといってよい。 ラッセルと『論理哲学論考』との大きな違いは、ラッセルが表示概念という「論理的記号」のシステムとして論理的形而上学を構想したのに対し、ウィトゲンシュタインはそれをあくまでも音声、文字など、物理的な像を論理的分析の対象としている点にある。これは、ラッセルにとって致命的な問題であった「表示概念について以下に語ることができるか」という課題を消去しつつ、ラッセル的論理分析の手法で論理的原子論の形而上学を完成しようとする試みと読むことができる。 このことは、ラッセルがかつての自説に感じていた問題点が、表示概念という論理的存在者の理解を面識によって説明しようとしていた点にあることを示唆していると言える。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
進捗状況に遅れた理由として、研究内容に内在的な理由と外在的な理由がある。まず外在的な理由としては、研究代表者である髙村が本務校のオープンキャンパスの責任者、および学内全体の科研費公募書類の取りまとめ役に指名され、きわめて多くの事務仕事を負わなければならなくなったことが挙げられる。 内在的な理由としては、ラッセルとウィトゲンシュタインの関係に関する調査が、当初想定していた以上に困難であることが判明したことが挙げられる。ウィトゲンシュタインからの影響は、ラッセルをセンスデータ論から(本研究課題のテーマである)中性的一元論へと転向させた最大の要因であり、両者の関係に対する正しい把握ぬきに中性的一元論の正確な理解は得られない。しかし、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』、およびその成立までの遺稿を調査すると、両者の関係についての通説がほぼ完全に誤りであることが判明した。私見によれば、ウィトゲンシュタインはラッセルから(現在、標準的に解釈されているよりもはるかに)多くを受け継いでおり、ラッセルに対する批判的論点は極めて限定的な領域(しかし本質的に重要な部分)に限定されているのである。 平成29年度は、通例に反する形でウィトゲンシュタインを解釈し、それを取りまとめる作業を行い、論文にまとめることができた。そしてそれをもとに、ラッセルが、自身が中性的一元論を支持する以前に抱いていた見解のどこに本質的な弱点があると考えていたのかが、明確に見えてきたと言える。しかし、中性的一元論の内容に立ち入って検討する作業はこれからであり、進捗状況は「やや遅れている」と言わざるを得ない。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成29年度の研究を遅れさせた要因のうち、外在的理由は残念ながら今年度も改善されないが、内在的要因の方は何とか克服できたので、ラッセルの中性的一元論の内容とその現代的可能性の検討に直ちに移りたい。 ラッセルの中性的一元論は、大きく分けて3つの時期に分けられる。まず、1920年の『心の分析』に代表される初期であり、この時点では物心二元論の要素が残っている。次に1928年の『物質の分析』および『哲学のアウトライン』の中期であり、純粋な中性的一元論が主張されている時期である。最後が1945年の『人間の知識』に代表される時期であり、心理的法則の物理法則への還元可能性を主張することにより、存在論的には唯物論に接近する時期である。今年度はまず初期から中期にかけての中性的一元論の内容を調査し、現代的観点からの評価の対象として確定する。 ラッセルの見解を評価する際に立脚する現代的観点は、現代の分析哲学における心の哲学、とくに意識の質的特徴についての難問に関わる議論である。知覚や感覚には、機能的に分析できない質的特徴(クオリア)が備わるとされ、それを自然科学的世界観の中にどのように位置づけるかが問題となっている。ラッセルの中性的一元論は、こうした議論状況の中で、唯物論の一種として理解されることが多い(いわゆる「タイプB物理主義」)が、近年は、汎心論的解決を与えるものとして解釈されることも増えてきた。このような議論状況の中で、純粋な中性的一元論をどのように評価するか、それを主たる研究課題とする。 ラッセル研究、ラッセル解釈は研究代表者が一人でも行うことができるが、現代の議論状況との接合はそうではない。幸い、博士課程時代の友人である金杉武司氏が研究会を主宰しており、そこに若手の分析哲学者たちが集まっているので、その場で発表を行いながら研究内容を豊かにし、学会発表・論文作成へと進みたいと考えている。
|
Causes of Carryover |
当初の予定では、カナダのマクマスター大学にあるラッセル・アーカイヴが発行している、雑誌 Russell、及び遺稿集のCollected Papers of Bertrand Russellを購入することになっていた。しかし、研究の進捗状況の遅れを説明する際に述べた事情により、研究が遅れたこと、優先的にウィトゲンシュタイン関連の研究所を集めることになったことから、雑誌・著作集の購入を先延ばしにした。平成30年度中にそれらを購入することで、当初の予定通りの研究体制を作り上げる予定である。
|
Research Products
(2 results)