2019 Fiscal Year Research-status Report
死者への記憶に基づく宗教的情操の哲学的考察―死者倫理の基盤形成
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17K02233
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Research Institution | Nanzan University |
Principal Investigator |
佐藤 啓介 南山大学, 人文学部, 准教授 (30508528)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 宗教哲学 / 宗教学 / 死者倫理 / 他者論 / レヴィナス / リクール |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は、なぜ死者を倫理的配慮の対象としなければならないのかという問題について、分析的・倫理学的な方法によって批判的に検討していくことを予定していた。おおむねこの予定の通りに研究は進展し、以下のような知見を得る実績をあげることができた。 第一に、しばしば無前提に用いられる「死者の尊厳」という概念をめぐり、共著『いまを生きるための倫理学』において、論考を執筆した。そこでは、この概念の法的な議論の欠如を整理したうえで、死者が尊厳を有するべきとする規範が、死者を弔いたいとする心情的議論と混同されている危険性を指摘し、まず前提となる「人間の尊厳」概念がどこまで死者に拡張しうるのかを考えるべきとの主張を提示した。そして、論文(佐藤2019)においては、その前提としての人間の尊厳概念を、西洋思想史・キリスト教思想史をたどるなかで確認したうえで、尊厳を与えられてこなかったような「悪しき人」にも尊厳があるとする点にこそ、この概念の意義があることを指摘し、この概念の広がりを明らかにした。この広がりをもとに、死者の尊厳を検討することが可能になった。 また、死者を尊重すべきとする有力な立場の一つとして、大陸系哲学の他者論が挙げられるが、2019年度はその議論を集中的に精査し、特にレヴィナスの死者倫理を検討した。そこから、レヴィナスの思想は、死者を尊重すべきであるとする規範の根拠は語られず、死者を尊重する主体がどのように構成されるかという議論構成になっていることが明らかになり、その構成にこそ批判的検討が向けられるべきであるとする知見を得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の研究計画では、前年度までの研究によって宗教哲学と宗教学の死者論を架橋し、死者の記憶をめぐる宗教的情操の全体構造が把握されたことを踏まえ、2019年度は、「死者倫理」の基盤構築に具体的に着手することを予定していた。なぜ死者を倫理的配慮の対象としなければならないのかという問題について、分析的・倫理学的な方法によって批判的に検討していくことを予定していた。 おおむねこの研究計画通りに研究は推移し、上述共著において、死者追悼をめぐる問題の法的な状況を整理したうえで、それが倫理学的に必要といえるかどうかを、特に死者が「人間の尊厳」を有するか否かという観点から検討することがでいた。そして、そのために必要な「人間の尊厳」概念をめぐる哲学的検討についても、特にカントとリクールの所説を手がかりにおこなうことができた(佐藤2019)。また、他者論の観点から死者倫理の可能性を検討する課題については、末木とレヴィナスの所説を批判的・分析哲学的観点から検討した。 また、宗教学や哲学・心理学・社会学といった他の学問分野との対話から死者倫理を考える課題も展開し、仏教学者や社会学者との共同シンポジウム(親鸞仏教センター主催)へ参加したり、心理学者や哲学者らとの共同研究会を企画実施したりするなかで、日本思想的死者倫理(浄土真宗、近代仏教等)と現代宗教哲学的死者倫理との共通点と差異を把握することができた。とりわけ、死者を極楽へと往生した者として捉える真宗の観点は、死を悪として捉えがちな宗教哲学を相対化する重要な意義を有することが確認できた。 以上より、本研究はおおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
全4年の研究計画はここまでおおむね順調に推移しており、哲学的・宗教学的・倫理学的観点から「死者倫理の基盤形成」の総合をおこなうという当初の計画を継続して展開し、完了させることを今年度の課題とする。とりわけ、前年度に得られた「人間の尊厳」概念の死者への拡張可能性や、仏教的・宗教学的死者倫理との対話を、大きな手掛かりとすることができると見込んでいる。 ただし、当初の研究計画では、2020年度は、宗教学ならびに応用倫理学の連携研究者等を中心的に招聘し、研究会を年2回程度実施するとともに、死者倫理をテーマに、連携協力者等とともに日本宗教学会や応用哲学会においてワークショップやパネルを企画することを予定していた。しかし、新型コロナウイルスへの対応として、各種学会が中止(ないし開催未定)となったことから、ワークショップ型の成果発表は、主に論文の投稿などへと変更することとする。加えて、当初はヨーロッパ宗教哲学会への参加・発表も計画していたが、渡航はおこなわないこととする。また、研究会の実施についても、少なくとも2020年度前半期は実施を見送ることとする。 以上により、研究者との直接の交流機会の減少、成果発表機会の減少といった変更をせざるを得ないが、その代替として、論文投稿の増加、オンライン上での成果公開の促進などを展開する予定である。とりわけ、科研費成果報告書を作成し、そのオンライン上での公開を進めていく。
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Causes of Carryover |
2020年3月に日本基督教学会近畿支部会等への学会出張を予定していたが、新型コロナウイルスにより学会が中止となったため、次年度使用額が生じた。高額ではないため、本研究課題遂行のためのオンライン環境の充実のために使用する予定である。
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