2020 Fiscal Year Research-status Report
"Culture of Remembrance" in Post-Transitional Era: Transference of "Memoria" in Southern Cone
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17K02267
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
林 みどり 立教大学, 文学部, 教授 (70318658)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 共同想起 / フェミニズム / アイデンティティ・ポリティクス / 五月広場の母たち / 伝統医療 / 資本主義 / 動物磁気術 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、南米のポスト移行期社会における共同想起の営為が、民主化の定着・深化に果たした役割を検証するものである。共同想起をめぐる多様な文化装置(ミュージアムや記念碑、教育プログラム、記念日制定、メディアなどの特集等)は、軍政期への批判的視座の形成に一定の成果があった一方、民主化後のヘゲモニーを握った左派言説を中心に、自己同一性に帰着するアイデンティティ・ポリティクスへと収斂された点を批判的に考察した。 当初、南米の共同想起においてアイデンティティ・ポリティクスに回収されない契機の発現を分析する予定だったが、パンデミックのため現地調査が困難となり、当初計画からの変更を余儀なくされた。その際、非暴力による社会変革をめざす女性たちが主体となり、従来的なアイデンティティ・ポリティクスに対して根源的批判を展開してきた点に着目。アルゼンチン発の新しいタイプのフェミニズム運動(#NiUnaMenos)と民主化運動の交差点において共同想起の別の可能性を考察するヒントを得た。新たなフェミニズム運動は、女性の身体への暴力を家父長制とグローバル資本主義の結節点において分節しようとするものであり、その理論的なパースペクティヴは、「五月広場の母たち」が展開してきた「想起の文化」をめぐる言説の地平において同期しうる。両運動が描きつつある「暴力の記憶」に関する惑星的カルトグラフィは、オフィシャルな「リコレクション」的共同想起とは明らかに次元を異にしている。 一方、フェミニズム運動の理論枠のひとつがイタリアの理論家Silvia Federiciにある点に注目し、女性の身体への介入と本源的蓄積(Federici)の南米における歴史的系譜を辿る準備段階として、論文「越境する知と〈心的なもの〉の誘惑」(『越境する宗教史』所収)を上梓し、近代医学による伝統医療・治療者の排除の力学を南米の文脈で明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
当初の予定では、アイデンティティ・ポリティクスに収斂される共同想起のありかたとしてA・アスマンが批判的に論じていた「リコレクション」(能動的な自己構築と結びつく想起)ではなく、「受動的想起」として把握される「アナムネーシス」的想起の可能性を、現地調査を通じて明らかにするはずだった。だが、新型コロナによる全面的な移動制限や感染状況の悪化にともない、現地調査は行えなかった。その結果、2000年代以降に活発化した社会運動による従来型の共同想起に対する批判的視座の分析へと方向修正を行わざるをえなかった。 だが、この修正は思いがけず本研究の発展に新たな可能性をもたらしつつある。今回の軌道修正をさらに進めることで、民主化後の左派政権による共同想起の取り込み・馴化とは異なる次元を明らかにすることができるだろう。また、身体に対する物理的・認識論的な介入の暴力を系譜学的に辿ることで、その歴史的な深度を解明しうると期待される。
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Strategy for Future Research Activity |
「五月広場の母たち」は、軍政下での制度的暴力の記憶を積極的に担った人権組織のひとつであるが、母性主義的な「母たち」の運動は、中絶合法化や女性の権利拡大をめざすフェミニズム運動とは相容れないとされてきた。だが2000年代以降、新自由主義がもたらした格差拡大や経済危機、膨大な件数のフェミサイドが社会問題化。新たな時代状況を受けて、女性や性的マイノリティへの身体的・経済的・社会的な人権侵害は、異性愛的男性優位(マチズム)の価値観のもとで軍政期から現在まで一貫してきたとの認識が広がり、「母たち」の一部は新たなフェミニズム運動と共闘するようになった。「母たち」とフェミニズム運動の政治的・思想的連続性を分析することをつうじて、民主化後の左派政権とのコオプテイション関係や「リコレクション」的共同想起とは異なる次元を明らかにすることができる。また、女性や性的・社会的マイノリティの「身体=領土」(cuerpo-territorio)の奪取・支配・搾取・暴力の歴史的系譜を辿ることによって、19世紀末以降の近代科学による身体=権力の形成が、軍事政権の身体=権力の権力論的な基盤になっている点を明示化することができる。
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Causes of Carryover |
新型コロナの拡大により現地調査を行うことができず、アイデンティティ・ポリティクスに回収されえない文化的・社会的なモメントの発現を、インタビューや資料収集によって明らかにすることができなかった。当初計画からの変更を余儀なくされた結果、従来的なアイデンティティ・ポリティクスに対してラディカルな批判を行うフェミニズム運動に着目することになり、同運動とこれまで当該研究が考察対象としてきた「五月広場の母たち」の運動の理論的連続性を明らかにすることをつうじて、新たな共同想起の可能性を明らかにする視座を得ることができた。 次年度は、①家父長制とグローバル資本主義の共犯関係を批判的に明示化し、オルタナティヴな社会をめざす女性たちの運動に関する資料収集と分析を行い、同時に、②女性の身体への介入・囲い込みと資本主義の関係が、南米の近代においていかなる歴史的・思想的系譜を描いてきたかを明らかにするべく、歴史資料を収拾・分析し理論的な考察を深める。
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