2019 Fiscal Year Research-status Report
上演芸術における「文化の編み合わせ」:1920年代パリの日本人アーティスト
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17K02304
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Research Institution | Osaka University of Arts |
Principal Investigator |
長野 順子 大阪芸術大学, 芸術学部, 教授 (20172546)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 伝統芸能 / 仮面 / 舞台空間 / 前衛劇運動 |
Outline of Annual Research Achievements |
1920 年代パリの前衛芸術運動への日本人アーティストの関与とその文化的背景について、以下のような調査と研究を行った。 (1)イギリスの演出家クレイグは日本の伝統芸能に注目していたが、1900年前後に欧州公演を行っていた川上一座や花子一座に対しては死の場面の表現等にやや批判的であった。彼がとくに関心をもっていたのは、能楽の舞台づくりや能面とともに制御された身ぶりや足運びである。その点で、当時E.パウンドや野口米次郎に触発された詩人W.E.イエーツの能への傾倒とも共鳴していたことがわかってきた。さらに、クレイグは演劇雑誌『仮面』を中心とする評論活動によって フランスの前衛劇にも多大な影響を与えたことが、クレイグのモノグラフやフランス演劇人の記録などから明らかになってきた。 (2)第一次大戦前後に「演劇の再演劇化」を企てようとした前衛劇の演出家たちが、英訳(A.ウェーリー)や仏訳(ノエル・ペリ)等でも紹介されていた日本の能楽に古代のギリシア劇と通じるものを見出した経緯について、仮面・身体の動き・舞台空間という点に注目しつつ調査した。 (3)2019年5月に足を骨折して2か月以上病院行き以外は外出できなかったため、大学図書館や名古屋や東京の美術館等、国内の調査活動に大きな支障をきたした。 (4)海外調査旅行は骨折のため時期を遅らせて12月後半にフランスに出張したが、ちょうど交通機関の大規模なストライキに遭遇して、地下鉄は不通でフランス国立図書館BNFには不自由な徒歩で通うしかなく、図書館の開館スケジュールも限定的で、調査が大幅に制限された。またTGVの停止のためナント市での研究交流その他が不可能となったが、メール等での相互連絡のなかで、2021年夏に北フランスで開催されるコロキウムに参加して発表を行うことが決まった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
19世紀以降のジャポニスム以降、フランスだけでなくイギリス、ドイツ諸国に及んだ様々なかたちでの東洋の芸術文化の受容が西洋近代の伝統的芸術文化を変革する上でひとつの突破口を与えてきた状況全般が、具体的な資料調査等から明らかになってきた。 とりわけ日本人による実際の舞台パフォーマンスが与えた影響は大きく、ロンドンの日本人村や相次ぐ万国博覧会等により日本文化への関心が高まり、とくに1900年のパリ万博前後の日本人の欧州公演での歌舞伎風の身体所作への反響に次いで、伝統芸能としての「能」についてはイギリスやフランスでの多方面からの研究や演目の翻訳等にもとづいた実践的な関心が文学界や演劇界に強まってきたことが見てとれた。 こうした全般的な流れと連関させることで、1920年代の前衛芸術運動への日本人アーティストたちの関与をより広範なコンテクストのなかに位置づけることが可能になった。 しかしながら、2019年5月の足の骨折による調査活動の遅れに加えて、フランス出張時の交通機関の全面ストライキのために、研究計画が予定通りに進捗せず、研究期間を1年間延期せざるをえなくなった。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続き、前衛劇・実験劇運動に参加した日本人アーティストである小森敏、瓜生靖、松山芳野里らの活動状況についての調査を(彼らの帰国後の活動も含めて)行う。とくに元歌舞伎役者の瓜生(澤村宗十郎の弟子・澤村遮莫)のプラトー劇場での「日本人le Japonais」役の人形風の演技や女役担当について調べる。また彼が「狂女」役で(もう一人の山田吾郎とともに)参加した『修禅寺物語』(新歌舞伎)のフランス語版公演についての詳細を明らかにする。その際藤田嗣治が担当した舞台美術に関しても、当時の藤田の活動――バレエ・スエドワの舞台装置や衣装の仕事など――と合わせて調査する。 プラトー劇場を主宰した演出家ピエール・アルベール=ビロの活動のプロセスを、彼が発行した前衛雑誌SICの役割も含めて明らかにする。またこのプラトー劇場でのクロード・カーアン(科学研究費研究:課題番号26370097のテーマ)の関わり方も再考する。それと並行して、フランス演劇界の刷新を企てた演出家J.コポーのヴュー・コロンビエ劇場(小森はこの劇場でも公演した)での活動について、「能」への関心とその伝播を中心に明らかにする。 アメリカから日本への帰国前にパリに滞在した写真家中山岩太の前衛アーティストとの交流について、またアメリカで伊藤の舞踊写真を手がけた宮武東洋の仕事についても引き続き調査する。 前衛芸術運動をめぐる東西の芸術文化の編み合わせは、言うまでもなく芸術ジャンル同士の領域横断的な編み合わせにも通じることは明らかである。以上の調査及び研究にもとづき、1920年代の前衛芸術運動における日本人アーティストたちの関与についての現段階での成果を口頭発表と論文にまとめる。
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Causes of Carryover |
19世紀末から20世紀にかけてのフランスを中心とした欧米での日本の伝統芸能受容に関する広範な文献資料の調査・収集が、諸般の事情(2019年5月の骨折及び12月フランス出張時の交通機関全面ストライキ)により遅れた。今年度は文学・舞台・舞踊等の多方面に亘る資料をさらに調査・収集して、それらの比較検討を進める予定である。
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Research Products
(2 results)