2020 Fiscal Year Research-status Report
Antlers of Rebirth : Mythic Image of the Golden Deer of Eurasia from the Siberian Collection of the State Hermitage Museum
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17K02324
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Research Institution | Tama Art University |
Principal Investigator |
鶴岡 真弓 多摩美術大学, 美術学部, 名誉教授 (80245000)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 鹿角信仰 / スキタイ / シベリア / 中央アジア / 騎馬遊牧民 / ロック・カーヴィング / 刺青 / ミイラ |
Outline of Annual Research Achievements |
シベリアと中央草原地帯を核とするユーロ=アジア文明には「鹿角」が樹木同様、冬に枯れ春に蘇る変容を「死からの再生」の観念に結び付けた造形表現がある。その最古級の造形は、シベリアからスカンジナヴィアにわたる「岩・石」の線刻に認められ、カザフスタン、キルギスタンからモンゴル(「鹿石」)に顕著である。 しかし「岩・石」と同じ時代である数千年前、支配層や祭司階級の身体には「刺青」で彫られた鹿が認められる。その最も重要な考古学的証拠は、シベリア中央部、アルタイ地方「ウコクの女王」のミイラである(紀元前5-3世紀・パジリク文化)。20年度もコロナ禍により海外調査は不可能であったがアルタイ共和国・国立博物館(ゴルノアルタイスクhttp://musey-anohina.ru/index.php/ru/component/k2/item/403ほか)では特別展が行われ、そのオンライン解説により、これまでに蒐集した資料と併せその鹿図像を観察した。 そこで再確認できたのは、強調されて表現される「大角」から、更に生成する多数の小さな「動物=鳥(頭)」で、これはシベリア西部とコーカサスの青銅器・鉄器にもみられる「鹿から鳥(頭)が生成する」図像と酷似している。 「鹿から鳥が生まれる」連続性、即ち一種の「単体」から別種の「複数体」が「生成する異形」は、「鹿=地の生きもの」と「鳥=天の生きもの」(今日までシベリアでは実際、猛禽類の鷹・鷲が崇拝されてきた)の絶え間ない「交わり」「繋がり」の生命循環を象徴する造形として解釈できる。それは特別な人間(支配層や司祭階級)の肌、ここでは「ウコクの女王」の遺体の肌に刻まれており、それが「天地の生命循環」を体現し、「死者=永遠の生命を生きる存在」として埋葬されたことが推測できた。 現地調査はできなかったが、現地発信のオンライン展覧会解説から、極めて重みのある重要な研究機会を得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
20年度の「ウコクの女王」の刺青の観察で再確認できた「鹿角から鳥(頭)が生まれる」図像は、ヨーロッパの最西端部アイルランドやブリテン島本島から出土する、紀元前の「ケルト」のディスク型の青銅器・鉄器の図像にまで影響を与えたことを推測させる。即ち主にシベリアからコーカサスに観察される「鹿から生まれる鳥(頭)」の図像は、ケルトでは明瞭ではないが、前400-300年代に大陸ケルトと接触した東ヨーロッパのダキア(ルーマニア)やトラキア(ブルガリア)の金工には観察される。ケルトでは「鹿」ではないが「三つ巴文様」から同じく複数の「鳥(の頭)」が生まれ出る金工が多数伝わっているからである。 本研究において大英博物館の「スキタイ」展やエルミタージュ美術館での調査、20年度に観察できた「ウコクの女王」の刺青に基づくと、ユーラシアの中央部の「シベリア」とユーロ=アジア世界の最東端部まで達した「ケルト」の「鹿と鳥」の図像・文様を比較して研究を進めることができると考える。その理由のひとつは「ウコクの女王」遺跡を擁するアルタイ地方は、ユーラシアでの「青銅器の始まり」を画し、シベリアの東西にその利器が広まる役割を果たしたが、紀元前500年代のスキタイ文明の拡大で、西方では紀元前400年頃までには「大陸のケルト」に金属の表現を通して伝わった可能性があるためである。 ユーロ=アジアの鹿信仰は、先史の岩線刻に溯るが、その後に文明のマテリアル=金属にそれが転化して以降の時間的・裙間的展開を考察する契機を得た。「アルタイ~スキタイ~ケルト」文明に共通するのは、「金属器」で、ケルト・アイルランドの「鳥が生まれる」図像が「ディスク型」の金属に表現されていることは、このディスクが元が「馬具」であったことが推測されており、この共通点を求めていくとシベリアからケルトまでの、鹿と鳥の図像の関係を明らかにすることができる段階、進捗を得ている。
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Strategy for Future Research Activity |
ユーラシア文明伝統の「動物意匠」の内、本研究のテーマである「鹿」造形の根源を明らかにするには、先史シベリアのロック・カーヴィングの「岩・石」、「金属」のみならず、アリューシャン列島、ベーリング海峡を渡って人類が移動した「北米」の先住民美術の「木」の表現までを調査する必要がある。 19年度末からカナダ太平洋北西沿岸ブリティッシュ・コロンビア大学博物館等での調査を準備したが新型コロナ・ウイルスの世界的蔓延の状況が続き、鹿角信仰の「ユーラシアと北米の大陸の繋がり」を明らかにする調査が実現できておらず進捗はやや遅れている。 これを踏まえパンデミック終息が見込めない場合は、日本国内における「鹿信仰」の造形へ観察を広げ展開する。即ち「鹿角信仰」のシベリアから日本列島への連続性は、先史・古代・中世を経て近世の武家社会のステイタス・シンボルとなった意匠として、武将が纏う甲冑の「兜の角」に観察できる。 「兜の角」テーマは既に20年度の特別展での調査成果(「特別展:桃山―天下人の100年」での具足の装飾的表現と象徴性調査」東京国立博物館:2020年11月)に基づき観察できた。兜の意匠としての日輪や三日月など「天象」は、天下人への「天からの守護」の表象であるのに対して、鹿角という「動物」の意匠のタイプは「地の力」を表象し、天象とともに周期的に生成変化する「生物=生きとし生けるもの」の生命を表象することを示唆すると推測できる。 こうした甲冑における「角」を帯びる意匠は日本文化に閉じられたものではないことは、スウェーデン南端、エーランド島出土、青銅板の「狂える戦士」の「角状の鳥(頭)・猪」の兜にも強調されており、ここで戦士は「狼・熊・大鳥」とも関係づけられている。 21年度はこのように「動物」表象に現れるユーロ=アジア世界を日本列島までの連続性の下で観察することの重要性を強く意識して研究を進めていく。
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Causes of Carryover |
19年度末から予定していたカナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学付属博物館等における北米先住民の伝統的動物図像についての調査は、新型コロナウィルスのパンデミックによって不可能となり、その状況は、残念ながら20年度も変わらず、海外現地調査は不可能であった。 しかし本研究のテーマ、シベリアおよび中央アジアの先史・古代の岩絵および黄金・青銅・鉄など金属表現の「鹿」造形は、シベリアから沿海地方を経てアリューシャン列島、ベーリング海峡から「北米」へと繋がっており、両者の関係を明らかにすることは不可欠である。 万が一、21年度もパンデミックの状況が変わらない場合は、20年度に試みたように海外についてはオンラインで観察可能な当該博物館の所蔵品を調査する方法を取り、国内の博物館では状況に細心の注意を払った上で、可能な限り現地調査も想定しつつ進めていく。
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Research Products
(16 results)