2021 Fiscal Year Research-status Report
Antlers of Rebirth : Mythic Image of the Golden Deer of Eurasia from the Siberian Collection of the State Hermitage Museum
Project/Area Number |
17K02324
|
Research Institution | Tama Art University |
Principal Investigator |
鶴岡 真弓 多摩美術大学, その他, 名誉教授 (80245000)
|
Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2023-03-31
|
Keywords | 鹿角信仰 / スキタイ / ユーラシア / 南シベリア / 動物意匠 / 大古墳 / 黄金 / 黒海沿岸 |
Outline of Annual Research Achievements |
前年度に続き、2021年度も、コロナ禍が全世界で終息の兆しがみえず、本研究の重要な目的の1つである、ロシアやカナダなど海外の博物館・美術館おいて、美術史・考古学・宗教民俗学的なアプローチからおこなう「鹿」信仰」の調査、なかでも、「角」を神聖視する「鹿角」信仰の背景を現地調査の実行ができないまま推移した。また21年度末の2月下旬には戦争も勃発し、世界情勢は予測できなかった事態となった。 特に本研究の主題であるスキタイ美術の筆頭たる作例「黄金の鹿」(ロシア南西部、黒海東岸、クラスノダール地方コストロムスカヤ、第1号墳出土、前7世紀後半-前6世紀初頭)は、ロシアの博物館(エルミタージュ博物館:サンクト・ペテルブルク)に所蔵されている。初年度から継続させるべき、本作と他の博物館所蔵の「鹿造形」の「様式」「形態」「素材」に関する現地での実見・観察の機会はなお阻まれている。 しかし現地には赴けないなかにも、「黄金の鹿」が出土した黒海沿岸からみると、遥か東方の「南シベリア」の巨大古墳から出土した、スキタイの早期の「動物意匠」と比較することによって、「黄金の鹿」が生まれた最盛期を準備した、初期段階の動物意匠の分析できた。そこから「黄金の鹿」の「角」の部位を特徴づけている「湾曲」形態の由来、ならびに早期と成熟期の形態上の差異を解明することを集中的におこなえた。 それを証明する遺跡は、スキタイ時代の古墳として最大の、現トゥバ共和国に所在する「アルジャン古墳」である。これはユーラシアの遊牧社会に築かれた「クルガン=大古墳」で、首都クイズイルの北西部のウユク川 (エニセイ川支流) 流域のスキタイ時代 (前8―3世紀頃) に属し、ここから「鹿」「豹」などを象った金工の動物意匠が出土させているので、スキタイ美術の動物意匠の出発点を、「角」の「湾曲」形態の特質に光を当て明らかにできた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
上記通り、現地調査がコロナ禍と戦争によって実施できないことが最大の理由である。しかしスキタイ美術の早期動物意匠を証明する遺跡については国際的研究によって形態比較や図像解釈が進んでいるため、最新の情報を得ることができ、遅れは取り戻すことができたと考える。 具体的に、南シベリア中央部の「アルジャン古墳」の出土物の「動物意匠」の形態的特徴の内、動物の体躯じたいが「C字」型にして、かつ「渦巻」「螺旋」形を志向している意匠が最も重要であることも分かった。「渦巻」「螺旋」は「生命循環」を表象するものと解釈でき、その構図が、いわゆるスキタイの「動物闘争文様」に呼応することに注目し考察を進めることができた。 「アルジャン古墳」からの出土物も現地の博物館で実見することはできないことは、研究がやや遅れている第二の理由である。しかし研究資料から「動物闘争文様」において、「鹿=草食動物」は、「豹=肉食動物」に「捕食される」側の生命として表現される。即ち、鹿は、スキタイの「動物闘争文様」においては、草食動物の代表として、肉食動物より弱く、弱肉強食ゆえに襲われ、捕食され、食べられ、即ち「死」なねばならない生命として表現されるという、芸術表象論からの意味を解読できた。同古墳群で出土の「鹿」造形は被葬者の「冠」であったことが判明しており、草食動物の「鹿」は、捕食される宿命=死の表象に留まらず、むしろ「死からの再生」という「生命循環」を象徴する動物として表現されてきたことが解読できた。 その根拠として、素材である希少な貴金属「黄金」は唯一「腐食しない金属としての黄金」である。それは単に物理的マテリアルではなく、共同体の「生命表象」として神聖視されていた故に、「黄金の鹿の冠」は被葬者の「あの世での永遠の生」を祈り、冠されたという、芸術人類学のパースペクティヴにおける推論を導くこともできた。
|
Strategy for Future Research Activity |
エルミタージュ美術館の「黄金の鹿」は、その収集に着手したロシア皇帝のピョートル大帝の「シベリア・コレクション」のなかでも最高の宝物であるため、これを出土させた黒海沿岸の古墳群が注目されてきたが、既述したこれよりも古い「アルジャン古墳」が、スキタイ金工美術の歴史において、現在判明している最古の動物意匠を出土させたことによって、「スキタイの故地=原郷」じたいがユーラシア世界「東部」、即ち「アジア」にあることを示唆している。 そこに出土した「鹿」や「豹」の動物意匠は、「古拙」の段階にものとみなされるのではなく、この造形を生んだ背景に豊かな「資源」と、生業があったことをあきらかにされることによって、西は「黒海」から東はシベリア中央部までの広大なユーラシアの東西を貫く「パースペクティヴ」において、優劣ない先史の「傑作」が制作されていたことを、明らかにできると考えられる。 その冠として表現された「鹿」の角は波打ち、「炎型」の造形をとなっている。様式的に抽象化されている、エルミタージュ美術館蔵の「黄金の鹿」の角の形態と比較するとき、抽象化される以前のより「早期」の、黄金を素材として、鹿角の生命感を表現しようとした時代の、金工芸術の息吹を感じさせる。 コロナ禍や戦争の勃発で、海外調査は難しい状況であるが、今後も最新の文献・図像資料、ならびに日本国内の博物館・資料館等で「ユーラシアの東西」を横断した、鹿角信仰関係の遺物と民俗・宗教関係資料を並行させて調査する。 そこにはユーラシア「大陸」を「東」に超えて、日本列島の文明との繋がりを証明する「鹿」のほか「熊」「狼」などの動物意匠と動物信仰をつなぐ造形表象を、より詳らかに調査する方法によって推進したい。
|
Causes of Carryover |
2021年度は、全世界で終息の兆しのないコロナ禍に加え戦争勃発の国際情勢により、本研究テーマの中心となる作例を所蔵する博物館や、関連する諸国の博物館・美術館・資料館および現地の遺跡への調査などをおこなえなかった。 したがって、2022年度においては、この内外情勢が改善されることを祈りつつ、本研究推進のため、具体的な使用計画として、当該のテーマとそれに関連して国際的研究の最新情報を得られる研究図書、展覧会図録、インターネット上で閲覧できる文献&図版資料、ならびに最終年度となるため研究図書・写真資料のデジタル保存、整理、返却のための運搬などの費用を必要とする。また状況によって安全が確保できる場合は、国内での調査、また安全に渡航可能となった場合は、国外への渡航による現地調査研究(計画してきたカナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学およびその博物館収集品を対象とする)を実施する計画である。
|
Remarks |
■アイルランドのハロウィーン(グレーテルのかまど)2021年10月18日放送 NHK ETV ■尾形光琳―装飾芸術の輝き 闇の中の光 多摩美術大学生涯学習センター:連続講座 ○○世紀の芸術家列伝II:18世紀 ■Curator 学芸員になる人へ 多摩美術大学美術館:博物館実習
|
Research Products
(14 results)