2022 Fiscal Year Annual Research Report
A Study of the History of Japan-Korea Exchanges in Manchukuo in the 1930s: <Immigration> and <Ethnic Harmony>
Project/Area Number |
17K02449
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Research Institution | Aichi University of Education |
Principal Investigator |
奥田 浩司 愛知教育大学, 教育学部, 教授 (90185538)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
米村 みゆき 専修大学, 文学部, 教授 (80351758)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 植民地朝鮮 |
Outline of Annual Research Achievements |
「「満州国」及び旧植民地における高齢日本語話者へのインタビュー(4)ー日本語・日本文化の記憶に関する報告ー」(『国語国文学報』第81集、2023年3月)と題して論文を発表した。以下、論文の概要について述べる。 論文では、朝鮮人高齢日本語話者のインタビュー内容の一部を引用し、同時代資料を参照して事実について確認すると同時に、先行研究を参照して考察を加えた。高齢日本語話者へのインタビューでは移住の目的として、生活の向上があげられていた。しかし朝鮮総督府には思惑があり、大東亜共栄圏という日本の理念に沿うものとして位置づけられている。この点については、高齢日本語話者へのインタビューから裏付けることができる。高齢日本語話者のインタビューから、満州国の小学校の「修身科」の授業において「教育勅語」と「皇国臣民ノ誓詞」の教育が行われていたことが確認できる。植民地朝鮮において行われていた皇民化教育が、満州国においても保たれていたことがわかる。 朝鮮人移住を推し進めた政府機関は、「鮮満拓殖株式会社」及び「満鮮拓植株式会社」である。両機関の設立経緯を見ると、朝鮮総督府と満州国の間に軋轢のあったことがわかる。加えて関東軍の影響も無視し得ないのであり、朝鮮人移住は、複数の政府機関の調整の下に行われた複雑なものであったことがわかる。 他方、朝鮮人が満州国に移住するに際して厳しい審査のあったことが、高齢日本語話者へのインタビューから確認できる。取り分け興味深いのは、審査に一部に、日本語の使用があったことである。 本論文では、最後に別の朝鮮人高齢日本語話者へのインタビューを掲載し比較検討した。この高齢日本語話者へのインタビューでは、日本人児童との接触があったこと、宮城遙拝のあったことが確認できる。
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