2020 Fiscal Year Research-status Report
豊子愷による『源氏物語』の中国語訳――意図的改訳およびその要因について
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17K02465
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Research Institution | Toyo University |
Principal Investigator |
大野 公賀 東洋大学, 法学部, 教授 (20548672)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
顧 サンサン 東洋大学, 法学部, 講師 (90802009)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 豊子愷 / 『源氏物語』 / 比較研究 / 日中翻訳 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は1920年代後半以降、上海を中心に随筆やイラスト、翻訳など多彩な分野で活躍した中国の代表的知識人である豊子愷が、1961年8月から65 年9月まで四年余りの年月をかけて完成させた『源氏物語』の中国語全訳に焦点をあて、その意図的な改訳および要因を明らかにしようとするものである。豊子愷は中国政府による「世界文学の中国語翻訳」という国家プロジェクトの一環として、政府の委嘱を受けて翻訳に従事し、その中国語訳は現在でも台湾の林文月訳と並んで代表的な翻訳とされている。そのため『源氏物語』の中国語訳については日本国内外で、これまでにも豊子愷および林文月のそれぞれの訳本研究、あるいは豊子愷と林文月の訳本の比較研究がなされてきた。翻訳に際して豊子愷と林文月はそれぞれ数種類の現代日本語訳や英訳を参考にしている事から、両者の翻訳の相違を比較するにあたっては、彼らが使用した参考書も考慮すべきと思われるが、管見の限り参考書と各翻訳の相違に関する研究は極めて少ない。2020年度はこの点に着目し、豊子愷と林文月の両者がともに参照した与謝野晶子と谷崎潤一郎の現代語訳に焦点をあて、原文・豊訳・林訳・与謝野訳・谷崎訳を比較し、豊訳と林訳の相違点を詳細に検討し、両者の翻訳の特徴について考察した。今年度は特に第四帖「夕顔」を取り上げたが、それは以下の二つの要因による。第一には『源氏物語』の中国語訳研究の多くが第一帖「桐壺」を取り上げているため、本研究では敢えてそれを避けた。また次に、豊子愷は敬虔な仏教徒として知られており、内容的に仏教や霊に関連する話題が多い第四帖には豊子愷の翻訳に特徴が表れやすいのではないかと考えたためである。本年度はこの検証結果を「研究ノート『源氏物語』第四帖「夕顔」の中国語訳について」(『東洋法学』第64巻第3号、2021年3月)」にまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2019年度「実施状況報告書」において「今後の研究の推進方策」として、2020年度は豊子愷訳と林文月訳および与謝野晶子による現代日本語訳を、女性の性格描写という視点から相互に比較考察を行う事を計画した。それは、豊訳と林訳、また彼らがともに参照した現代日本語訳を比較した結果、豊訳と林訳には女性の性格描写の面で相違が見られ、その要因として豊訳が林訳に比べて現代日本語訳、特に中国では女性解放論者として知られていた与謝野訳に依拠していたためではないかと考えたからである。豊子愷と林文月は与謝野訳のほかにも、それぞれ様々な現代日本語訳や英語訳などを参照しているが、今回は豊子愷と林文月の両者がともに参照した与謝野晶子と谷崎潤一郎による現代日本語に限定し、豊子愷と林文月による中国語訳、与謝野晶子と谷崎潤一郎による現代日本語訳ならびに原文の比較を行った。豊子愷と林文月がそれぞれ用いた底本も異なるが、今回は便宜上、比較的入手しやすい清水好子・石田穣二校注『源氏物語』(新潮日本古典集成新装版)を原文として使用した。比較分析の結果、当初の想定とは異なり林訳にも与謝野訳や谷崎訳をそのまま中国語に翻訳したと思われる箇所や、また現代日本語訳では省略されている箇所を同様に省略した箇所が多く見られた。また、この比較分析を通じて、平安時代の日本の風俗や習慣等について豊訳の方が林訳よりも詳細かつ中国人読者向けに解釈を加えている箇所が散見されたが、これも現代日本語訳の影響と考えられる。本研究では当初『源氏物語』全五十四帖について同様な比較を行う予定であったが、実際に比較を終わらせる事ができた範囲はかなり限られている。しかし、詳細に比較した事で、これまで一般的に思われていた以上に豊子愷、林文月ともに現代日本語訳に依拠していた事が判明した。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度には主として豊子愷と林文月による中国語訳、与謝野晶子と谷崎潤一郎による現代日本語訳ならびに原文の比較を重点的に行ったが、その結果、豊訳と林訳についてそれまで一般的に思われていた事が必ずしも事実ではなく、また実際には両者ともに現代日本語訳にかなり依拠していたことが明らかになった。この成果を踏まえ、2021年度においても同様な比較研究を行う予定である。2020年度は結果として、平安日本の風俗や習慣、また和歌の訳し方に重点を置くことになったが、2021年度にはこれらに加えて、女性の描き方や仏教、迷信的な事柄の翻訳にも注目したいと考えている。尚、2019年度「実施状況報告書」を執筆した段階では、新型コロナウイルス感染症の影響で断念した海外での資料収集を2020年度に実施する予定であったが、同様な理由から2020年度にも実現しえなかった。2021年度に海外出張が可能となった場合には、上記の国内での比較研究に加えて、学生の休暇時期を利用して豊子愷の翻訳原稿の保管されている中国(杭州、北京、上海)や、林文月の翻訳に関する資料の豊富な台湾での調査、また彼らの翻訳に影響を及ぼした与謝野晶子についても、その女性解放思想の基礎を育んだと思われるフランス、ドイツ等で調査を進めたい。また、2021年度は本研究の最終年度であることから、全体としての成果を日本国内外での学会あるいは論文などで報告する予定である。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染症の影響で海外渡航が不可能となり、研究代表者、分担者ともに2019年度および2020年度に予定していた海外での調査が実施できず、また外出自粛等により国内での調査にも制限があったため、約78万円の繰り越しとなった。未使用分については、2021年度に海外渡航が可能となった場合は海外での調査と書籍購入で使用する予定である。海外での調査が不可能な場合は、国内での調査に必要なアルバイトを採用し、比較分析のためのパソコンおよび書籍を購入する予定である。
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Research Products
(1 results)