2017 Fiscal Year Research-status Report
明治・大正期文学の内面叙述における「ジェンダー・トラブル」に関する総合的研究
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17K02467
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
石原 千秋 早稲田大学, 教育・総合科学学術院, 教授 (00159758)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | ジェンダー・トラブル / アイデンティティ / 因果関係 / 矛盾 / 夏目漱石 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は、漱石の初期文学を中心に分析を行った。 その結果わかったのは、『吾輩は猫である』ではかなりはっきりしたウーマンヘイティングのニュアンスが出ているが、同じ時期に書かれた『草枕』では、すでにジェンダー・トラブルの要因が見られるということである。本はどこから読んでもいいという洋画家と那美とのやりとりがある。ここは漱石の芸術論(物語性の否定=因果関係の否定)を小説中に披歴した箇所として理解されている。しかし、「筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋の外に何か読むものがありますか」という那美の言葉に、洋画家が「余は、矢張り女だと思った」場面は意義深い。なぜなら、当時、女性には「矛盾」という形容が一般的で、女性は因果関係を踏まえた統一的なアイデンティティを持たないと思われていたからだ。洋画家が物語の「筋」を否定し、那美がそれを肯定していることは、男性がアイデンティティを否定し、女性がアイデンティテを肯定することにつながる。芸術論において、男女の逆転、すなわちジェンダー・トラブルが起きている。 朝新聞入社代一作の『虞美人草』にウーマンヘイティングが顕著に表れていることは、もはや定説ともなっている。家父長制を背景に、女性の自我と自由な選択を徹底的に否定しているからである。しかし自作の『坑夫』では、青年に「矛盾」という言葉で「人間存在の在り方」を語らせている。すなわち、漱石は青年を書きながら、その実女性を書いてしまっていた。それがはっきりするのは、あるいは漱石がそれをはっきり意識したと推測させるのは、小川三四郎が美禰子の不可解な行動にであって、「矛盾だ」と口にしたときだろう。 このように、この時期の漱石文学のジェンダー・トラブルは揺れている。しかし、それがために「矛盾」という言葉やその要素を含んだ場面がジェンダー・トラブルのリトマス試験紙の役割をはたすことがわかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
『坑夫』にジェンダー・トラブルの要素が見られることはすでに分析済みだったが、男性が女性を「観察」し続けると思われていた『草枕』にもジェンダー・トラブルの要素が発見できたことは大きい。やはり、「矛盾」という言葉か概念が、重要だと再認識した。初期の漱石文学には家父長制に強く振れた作品と、ジェンダー・トラブルの要素が揺れがあるので、かえって見分け方がはっきりした。これは、大きな成果である。今後、同時期の他の作品を分析するための基本装置が出来上がったと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
30年度の計画としては、むしろ明治30年代の作品に戻って、ジェンダー・トラブルの要素があるのかないのか、あるとすればどういう形として現れるのかを分析する。いずれにせよ、基本軸は漱石文学である。
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