2018 Fiscal Year Research-status Report
Social Psychological Study of the Influence of the Postal Reform on Crime in Victorian Literature
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17K02497
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
松岡 光治 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (70181708)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 郵政改革 / ヴィクトリア朝 / 犯罪 / 社会心理学 / ディケンズ / ギャスケル / ギッシング |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、鉄道とともにヴィクトリア朝初期の郵便事情を激変させた1840年の郵政改革――特に「近代郵便制度の父」と呼ばれるRowland Hillによって半オンスまでの郵便物をイギリス国内どこでも均一の配達料金とする「1ペニー郵便制 (Penny Post)」――による差出人の匿名性で急増した犯罪とその外にあるマクロな文脈について、主としてDickens, Gaskell, Gissing の作品の中で描かれた郵政改革の影響とそれに伴う犯罪の社会心理学的な分析を通して明らかにすることである。 平成30年度は、手紙がプロットの展開において重要な役割を果たすDickensの_Bleak House_ (1852-53) と、秘密の手紙に関する脅迫や金銭授与を伴う手紙による脅迫が扱われるGaskellの_Wives and Daughters_ (1864-66) と_Ruth_ (1853) を取り上げ、郵政改革前後の犯罪についての言説と文脈を精査し、産業革命によって大きく変化した時代情勢や社会動向の影響を受けた犯罪者と被害者の精神構造や思考態度を分析することで、犯罪の社会心理学的な要因を突き止めた。その成果として、拙論「ギャスケルとディケンズ――郵政改革前後の手紙と犯罪」が査読を通り、日本ギャスケル協会創立30周年記念として出版された『比較で照らすギャスケル文学』(大阪教育図書、2018年10月15日発行)の第9章 (pp. 113-25) に掲載された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成29年度に、ディケンズ・フェロウシップ日本支部の秋季総会(東京大学駒場キャンパス、2017年10月7日)でシンポジウムを主宰し、平成30年度に編著として出版した『ディケンズとギッシング――底流をなすものと似て非なるもの』(大阪教育図書、2018年12月25日発行)の中で、序章「ディケンズとギッシングの隠れた類似点と相違点」(pp. 1-26)、そして第6章「イギリス近代都市生活者の自己否定・自己疎外・自己欺瞞」(107-22) において、それぞれディケンズとギッシングの手紙を援用しながら、イデオロギー、階級、ジェンダーに見られる両作家の無意識に抑圧されている罪悪感の表象を分析した。この編著でも扱われているが、広告・宣伝などのために個人宛てに印刷物が直に郵送されるダイレクト・メール方式による詐欺行為を通して自分に有利な縁故関係を拡大している _Our Mutual Friend_ のヴェニアリング氏、都市文明が原因と思われる精神的な病によって夫宛ての手紙を開封する _The Whirlpool_ のアルマ・ロルフ、広告が氾濫する _In the Year of Jubilee_ で同じ階級の相手を蔑視した手紙を送るファニー・フレンチなどは、通信革命の負の遺産を利用した加害者である。そうした人物のさらなる詳細な分析を通して、愛情と金銭が動機となることが多い手紙と犯罪だけでなく、鉄道や郵便の発達による急激な社会変化がもたらした心理的な問題も明らかにできるはずである。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の最終年度の2020年はDickens の没後150年にあたるので、それを記念して英語論文集 _Dickens and the Anatomy of Evil: Sesquicentennial Essays_ (2020) を編集することにした。この本の序論は、Dickens FellowshipとDickens Societyの会長を務めたPaul Schlicke氏が担当し、Dickensの20作品をディケンズ・フェロウシップ日本支部の会員20名が担当する。編集者が担当する作品は、郵政改革後の社会という小説の舞台で手紙がプロットの展開に重要な役割を果たすだけでなく、作品の構成やテーマとも深く関わっている _Bleak House_ である。科学技術の画期的な発明には必ず功罪があり、社会問題化する弊害の最大の共通点としては、人間の生活に快適さと便利さを与える一方で、恩恵に浴せない人間を周縁化することで従来の社会格差を広げてしまうこと、そして新たな人間関係とビジネスを作ると同時に新しい種類の犯罪を生み出すことが挙げられる。産業革命であれ、通信革命であれ、情報技術革命であれ、それらの負の遺産は、元来からある様々な格差ゆえに情報弱者が悪循環に陥って社会的に疎外される一方で、そうした弱者を含めた一般大衆に対する様々な犯罪が法の網をくぐって巧妙に、多くは匿名性を利用してなされることである。同様に手紙の匿名性と犯罪の問題が見られる _Martin Chuzzlewit_ や _Great Expectations_ と比較しながら、ヴィクトリア朝の郵政改革が生み出した新たな時代精神と社会風潮の中で犯罪者と被害者の心理構造や思考様式を分析したい。
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Causes of Carryover |
次年度使用額(309円)が生じないように前年度の最後に小さな文房具類を購入するのは好ましくないため。次年度使用額は大きな文房具類などの購入に充当する。
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Research Products
(5 results)