2018 Fiscal Year Research-status Report
「現実性/虚構性」表出の語りの技法研究:フォークナーの符号表現実証分析を起点に
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17K02578
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Research Institution | Hijiyama University |
Principal Investigator |
重迫 和美 比治山大学, 現代文化学部, 教授 (00279085)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 語りの技法 / ウィリアム・フォークナー / 符号表現分析 / 虚構世界の現実性と虚構性 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度研究計画は,第一に,フォークナーの劇作品におけるセリフ外言語表現(ト書き等)の意味用法を究明すること,第二に,複数のフォークナーの多重物語において物語に「現実性/虚構性」を与える語りの技法を分析すること,第三に,フォークナー以外の多重物語作品を読解し,語りの技法を分析することを課題とし,サウスイーストミズーリ州立大学フォークナー研究センターにおけるフォークナー関連資料の調査・収集を基に課題に取り組んだ。 第一課題については,『尼僧への鎮魂歌』の小説,出版脚本,舞台脚本,の三作品を比較した。ト書き部分のスタイルがそれぞれ異なっていることから,ト書きにも,符号表現同様に,フォークナー独自の用法があることが明らかになった。用法の意味を究明する作業は次年度に行う。 第二課題については,まず,語りの技法と作品テーマとの関係を明らかにするための『寓話』テーマ研究に取り組み,成果を,研究論文「『寓話』における脱神話化作用ー『寓話』の伍長物語における『新訳聖書』「福音書」のイエス物語の変形ー」にまとめた。次に,『尼僧への鎮魂歌』の語りの技法分析を行った。これまでに分析した複数のフォークナー小説と比較した結果,フォークナーは,後期に至るほど,物語を多重化する際に三人称の語り手を活用していることが明らかになった。成果は,次年度に,学会で公表する。 第三課題については,三島由紀夫作品,仮面ライダーシリーズ(ディケイド,ジオウ),『All You Need Is Kill』(原作小説,漫画,洋画(米作品)),『攻殻機動隊』(原作漫画,邦画アニメ,洋画実写)等を読解・視聴し,日本に比べると,アメリカの多重物語は物語が階層的に配置されているという観察を得ることができた。この観察結果は,物語構造に文化的意味がある可能性を示唆しており,本研究の,虚構物語の形態比較文学史としての意義を証している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当該年度研究計画の三つの課題のうち,ウィリアム・フォークナーを中心とする二つの課題は概ね順調に進展している。 第一に,フォークナーの劇作品におけるセリフ外言語表現(ト書き等)の意味用法究明に関しては,サウスイーストミズーリ州立大学フォークナー研究センター所蔵の豊富なフォークナー資料を基に,研究を進展させることができた。研究成果は次年度,中・四国アメリカ文学会で発表する。 第二に,複数のフォークナーの多重物語を研究対象とする,物語に「現実性/虚構性」を与える語りの技法分析に関しては,『寓話』研究の最終段階としてのテーマ論を研究論文としてまとめた上で,当初から比較を検討していた,『響きと怒り』,『野生の棕櫚』,『寓話』の三作品に加え,『行け,モーセ』の技法分析を行うことができた。 第三の,フォークナー以外の多重物語についての語りの技法分析は,やや遅れている。研究過程で新たな発見があり,それを基に改めて作業仮説を立て,仮説の裏書き作業に時間を要したからである。前年度,研究が計画よりも早く進んだため,今年度は比較対象作品の範囲を広げ,三島由紀夫の作品を『豊饒の海』4部作を中心に検討した。本作は「夢と転生」をテーマとし,作者自身が「個別の時間が個別の物語を形作」ると解説していることから,本研究が対象とする「現実と虚構を描く多重物語」の要件を満たす。検討の結果,本作の個別の物語の配置に階層性がほとんど見られないという観察を得た。欧米の小説とは全く違う存在理由を持つ小説として構想された本作において,この観察が得られた意義は大きく,この発見により,新たに,多重物語の構造に,アイデンティティ概念という文化的構築物が影響するという作業仮説を立てることとなった。仮説を裏書きするために,河合隼雄等の心理学分野の関連文献を調査する必要が生じ,結果として,第三課題の進捗がやや遅れることになった。
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Strategy for Future Research Activity |
当初計画では,平成30年度以降は,平成29年度に掲げた二つの課題(「ウィリアム・フォークナーの符号表現の意味用法の究明」及び「虚構物語に「現実性/虚構性」を与えるフォークナーの語りの技法の究明」)に加え,「多様な多重物語についての,虚構物語に「現実性/虚構性」を与える語りの技法の比較考察」を課題に挙げていた。 平成30年度は,第一と第二の課題については,計画通り研究を遂行した。第三課題については計画を変更し,当初計画よりも分析対象の範囲を広げて取り組んだ。研究過程で新たな発見があり,それを基に改めて作業仮説を立て,仮説の裏書き作業に時間を要したため,研究の進捗はやや遅れることとなり,次年度の計画を変更する必要が生じている。 令和元年度は,当初計画を二つの点で変更して研究を遂行する。第一は,調査旅行地をバージニア大学からサウスイーストミズーリ州立大学に変更する。サウスイーストミズーリ州立大学フォークナー研究センターには豊富な映画関連資料があり,過去2回の調査旅行だけでは資料を収集しきれなかった上に,同大学がフォークナー文学の主要舞台のモデルであるオックスフォードに近いため,フォークナー研究の拠点として適していると考えられるからである。さらに,進捗がやや遅れている本研究の遅れを取り戻すためにも,所長とコミュニケーションを密に取ることができる同センターを研究の拠点とするのが望ましい。 変更の第二は,第三課題の,多様な多重物語についての語りの技法の比較考察に関する。当初計画では,作品を比較検討する観点として,歴史・文化・ジャンルの三つを挙げていた。しかし,令和元年度は,主として文化の観点に絞って研究を遂行する。平成30年度の研究過程で(日米比較)文化の観点において新たに重要な発見があり,この観点からの研究が,当初計画以上の時間を要する見込みだからである。
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Causes of Carryover |
外国における調査旅行の際,日程を切り詰め,外国での宿泊先にサウスイーストミズーリ州立大学キャンパス内にある低価格のゲストハウスを利用した。結果として,外国旅費を低く抑えることができ,外国旅費の中から,次年度使用額が生じた。物品費の中からも,次年度使用額が生じた。フォークナー手稿関連書籍は絶版であり,まとまった形で市場に出回っておらず,しかも,当初計画よりも高価格で取引されている。そのため,書籍の入手が困難で,全冊を揃えることができず,次年度使用額が生じたのである。さらに,前年度からの繰越金を活用しての国際研究集会開催に伴うアメリカからの研究者招聘事業が,日本国内の複数大学との共同事業となったため,招聘旅費は海外研究者の日本国内移動分だけとなり,開催運営費を低く抑えることができた。結果として,前年度からの繰越金においても,次年度使用額が生じた。 次年度使用計画として,フォークナー手稿関連書籍の入手を優先する。書籍の検索範囲を海外に広げ,計画通りに手稿関連書籍を入手する計画である。入手の見込みが立たない場合は,次年度使用額から,必要に応じて,日本国内の手稿関連書籍所蔵図書館での資料調査及び収集に必要とされる国内旅費を捻出する。
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Research Products
(2 results)