2020 Fiscal Year Research-status Report
「現実性/虚構性」表出の語りの技法研究:フォークナーの符号表現実証分析を起点に
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17K02578
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Research Institution | Hijiyama University |
Principal Investigator |
重迫 和美 比治山大学, 現代文化学部, 教授 (00279085)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 語りの技法 / ウィリアム・フォークナー / 物語の現実性と虚構性 / 物語構造分析 |
Outline of Annual Research Achievements |
フォークナー研究センター(サウスイーストミズーリ州立大学)で前年度までに収集した資料によって,カンマ,ダッシュ,書体等のフォークナーの符号表現の意味用法を明らかにし,フォークナーの多重物語について物語に現実性と虚構性を与える語りの技法を年代別に明らかにした。当該年度は,フォークナー以外の日本文学や映像作品についても物語に現実性と虚構性を与える語りの技法を分析できるように,ナラトロジーと認知言語学の知見を参照して,語りの技法の分析手法を新たに考案した。まず,「語り手」と「聞き手」という機能主体を想定する。前者は物語世界の事態を認知し言述化する機能を,後者は語り手の言述を介して物語世界の事態を認知する機能を持つ。次に,物語の現実性と虚構性を聞き手が評価する観点を2つ設定する。第1は,聞き手の物語世界に対する位置である。語り手が描出する物語世界は聞き手にとって端的に虚構の価値を持ち,聞き手が語り手の言述を受け取る物語世界の外の領域は聞き手にとって端的に現実の価値を持つ。第2に,物語世界内で生起する事態を聞き手が認知・把握する際の,聞き手の事態把握モードである。事態把握は,3つの典型的モード――臨場する当事者のように体験的に事態を把握する「主観的把握」,主観的に事態を把握する自分を対象化して事態を把握する「対自主観的把握」,傍観者,観察者のように客観的に事態を把握する「客観的把握」――を想定できる。聞き手にとっての物語世界の現実性は,「主観的」「対自主観的」「客観的」の順に高い。これら2つの観点を組み合わせて,語りの技法がどのように物語の現実性と虚構性を制御するかを図示する独自の物語構造分析モデルを考案した。さらに,この分析モデルを使って三島由紀夫等の日本文学について,物語に現実性と虚構性を与える語りの技法を分析し,この新たな分析方法が日本文学についても有効であることを検証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
前年度に新型コロナウィルス感染拡大防止のために中止・延期し,当該年度に実施予定だった国際研究会(「Faulkner 2021」)は,新型コロナウィルス感染状況が好転しないために再び中止・延期を余儀なくされた。しかし,研究会の中止・延期を研究会準備段階の研究期間の延長と前向きに捉え,作品分析の方法を,より一般的に理解・説明しやすいように見直すことにした。前年度までのフォークナー研究センター(サウスイーストミズーリ州立大学)での研究を手がかりに,物語論に加えて認知言語学の知見を参照し,フォークナーの小説作品だけでなく,日本文学の小説作品や映画やマンガなどの映像作品についても,語りの技法がどのようにして物語の現実性と虚構性を制御しているかを図として説明する物語構造分析モデルを考案することができ,結果として,研究は順調に進捗した。4月から7月にかけては,ポスト古典派ナラトロジーと呼ばれる近年の物語論と認知言語学の文献研究に集中して取り組み,物語の現実性と虚構性を制御する語りの技法を分析する手法を構想した。8月から9月にかけては,前年度までのフォークナーの語りの技法研究を年代順に整理して,語りの技法を分析する独自の物語構造分析モデルを考案した。10月には,考案した物語構造分析モデルを使って,フォークナーの中期作品『アブサロム,アブサロム!』を検討し,物語の現実性を描出する語りの技法について論文にまとめた。また,12月には,中・四国アメリカ文学会で,フォークナーの後期作品『尼僧への鎮魂歌』を題材に,物語の虚構性を描出する語りの技法について発表して評価を得,さらに論文として出版した。1月から3月にかけては,前述の物語構造分析モデルを用い,三島由紀夫の『春の雪』や泉鏡花の「眉かくしの霊」を分析し,日本文学に対しても,この分析手法が有効であることを検証した。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究課題に関して未完了なのは,当該年度前年に計画していた国際研究会に関わるものである。当初計画では,フォークナーの語りの技法の時代変化を基準に,アメリカのポストモダニズム文学,日本文学,異ジャンル物語の語りの技法を比較してまとめた結果を,日本とアメリカ在住の日米文学研究者に公表して評価を受け,後の研究の土台とすることとしていた。今後は,新型コロナウィルス感染状況が徐々に好転していくことを見込んで,改めて研究会を企画・実施し,課題を完了したい。開催地は本研究代表者の所属大学がある広島とし,開催時期は国内外の研究者の日程が比較的空いている2月から3月で計画する。アメリカからは,当初計画通り,サウスイーストミズーリ州立大学フォークナー研究センター所長,クリストファー・リーガー教授を招聘する予定であり,リーガー教授とは現在も連絡を取り合っている。国内からも当初計画通りに研究者を招聘できる予定。その他,国内の研究者に対しては,フォークナー協会を通して研究会を広く周知する。国際研究会の開催には,新型コロナウィルスの感染が収束している必要があるので,日米両国の新型コロナウィルス感染収束状況を注視しつつ,10月上旬から準備を始める。 9月までは,当該年度に新しく考案した物語構造分析モデルを使って,これまでに分析してきた作品の分析説明を見直す作業を行う。主として取り上げるべきフォークナー作品(『アブサロム,アブサロム!』,『尼僧への鎮魂歌』)と,いくつかの日本文学作品(三島由紀夫の『春の雪』,泉鏡花の「眉かくしの霊」)については当該年度に見直し作業が完了しているので,アメリカのポストモダニズム文学作品と異ジャンル作品について分析説明の見直しを行う。アメリカのポストモダニズム文学作品はジョン・バースの『キマイラ』を,異ジャンル作品は特撮の『仮面ライダージオウ』を取り上げる予定で準備している。
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Causes of Carryover |
当該年度前年に新型コロナウィルス感染拡大のために中止・延期とした国際研究会「Faulkner 2020」を,当該年度に「Faulkner 2021」と題して実施する計画だったが,新型コロナウィルス感染状況が好転せず,研究会開催を,再度,中止・延期としたため,次年度使用額が生じた。 国際研究会の中止・延期によって生じた次年度使用額は,次年度に改めて計画する国際研究会のために使用する。当初計画通り,アメリカからサウスイーストミズーリ州立大学フォークナー研究センター所長のクリストファー・リーガー教授を招聘する。国内からも,当初計画で招聘を予定していた研究者に,研究会に参加していただける予定である。世界的に各種学会が対面式からオンライン式に変更して行われ,研究者が対面で意見交換できる機会が失われている。今後も学会主催の大規模研究会は対面式での開催が難しい状況であり,本研究会のような小規模な国際研究会に対面式開催の期待が寄せられている。このことからも,可能な限り,国際研究会を対面式で行いたい。 今後の状況によっては,招聘する研究者を国内在住者に限定する等の変更を余儀なくされる可能性もある。研究会開催を2月から3月と定めているので,どのような形で研究会を開催するかを,新型コロナウィルスの感染収束状況を踏まえて10月初旬に判断する。
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Research Products
(3 results)