2019 Fiscal Year Annual Research Report
Retif de La Bretonne and the emergence of modern literature
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17K02591
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
森本 淳生 京都大学, 人文科学研究所, 准教授 (90283671)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 自伝 / 回想録小説 / 書簡体小説 / 窃視・盗聴 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の課題は、レチフにおける自伝的テクストや書簡体小説と、ルポルタージュ的言説や窃視・盗聴のテーマとの関係を分析することだった。自伝文学は文学史的に遡ると、18世紀前半の回想録小説(一人称小説)や17世紀後半の疑似回想録に行き着く。クルティ・ド・サンドラの『LCDR回想録』(1687)の語り手はおもにリシュリューの密偵的使命を帯びて活躍し、その過程で知りえた政治の裏面・逸話を語る。ルサージュ、マリヴォー、プレヴォ等の一人称小説は窃視・盗聴の場面を含み、さらに副次的人物が自らの半生を物語ることで主筋に様々な逸話が挿入される構造をとる。密偵的な活動を行う語り手の回想に、副次的人物の自伝的な語りが挿入されるムーイの『密偵』(1736-1742)はこれらの特徴を集大成した作品である。レチフが虚構的自伝作品を書き始めた1770年代、文学はこうした自己告白と他者暴露が交錯する語りの空間をすでに持っていた。ルソーの『告白』に刺激されつつも虚構的物語性を含む点で明らかに異質な側面を持つ『ムッシュー・ニコラ』、メルシエのルポルタージュ文学『タブロー・ド・パリ』に触発されながらもそこに一人称の語りと副次的逸話を何重にも織りこんだ『パリの夜』が書かれえたことは、こうした観点から理解できる。他方、この「ポリフォニックな一人称の語り」は(手紙の書き手各々が語り手となる)書簡体小説の隆盛となっても現れるが、それは特権的な男性の語り手としての「私」の失墜をも意味した。『堕落農民娘』のユルスュラは自分を教化する男性たちの言説を逆手にとって女性としての自由を主張するし、死後に届けられる夫の手紙を集めた体裁をとる最晩年の『没後書簡』はエクリチュールの主体がすでに不在の存在であることを示している。レチフの諸作品は以上のように、世紀後半に生じた大きな転換(文学的モダニティの生成)を鮮明に示すものだったのである。
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