2017 Fiscal Year Research-status Report
異文化受容及び文化変容としての森鴎外初期翻訳作品の研究
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17K02592
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
中 直一 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 教授 (50143326)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 森鴎外 / 異文化理解 / ドイツ語 / ドイツ文学 / 翻訳 / 異文化受容 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究初年度にあたる平成29年度においては、翻訳者としての森鴎外の活動について、全体的考察を行った。とりわけ、異文化接触・異文化受容の観点から、鴎外が東京医学校入学のために「進文学社」で受けたドイツ語教育、また東京医学校で受けたドイツ語による医学講義、そしてドイツ留学体験について分析・考察を進めた。 こうした分析を行うべく、平成29年度は、森鴎外に関する基本図書の収集を行う他、異文化理解・異文化受容に関する理論書や異文化体験を記した文献を収集した。 鴎外の異文化理解・異文化受容に関する初年度の研究の概要は、以下の通りである。森鴎外は、津和野から東京に出てきて、すぐに私塾「進文学社」でドイツ語を学び始めるが、これは鴎外にとっての「異文化体験」の入り口であったものと目される。また東京医学校における講義は、殆どすべてがドイツ人教授によるドイツ語の授業であり、明治初期の日本における高等教育のひとつの典型をなす「お雇い外国人による、外国語を使用した講義」であった。つまり医学以外の科目も、殆ど全てがドイツ語による教育であり、それまでの漢文素読による四書五経の訓読教育とは全く異なる、教育面における異文化体験であったと言える。 ドイツ留学中の鴎外は、すでにドイツ語を自由に操れる状態であり、ドイツの新聞にドイツ語で寄稿するなど、情報発信の面でも異文化と積極的な触れあいを行った。また異文化受容の面では、在独中におびただしい数の文学作品を購入し、それらはドイツ文学のみならず、イギリス文学、アメリカ文学、フランス文学、ロシア文学、スペイン文学等、ひろく欧米の文学全般にわたるものであった。但し、その多くはドイツ語訳のものであり、鴎外の異文化体験は「ドイツ語の窓を通して見た世界文学」と評しうるものであった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
鴎外の活動を異文化理解の観点から考察するという大きな枠組みでの研究は一定の進捗を見た。すなわち鴎外の生涯におけるドイツ語・ドイツ文化の受容の進展と、彼の訳業を相関的に考える、という面での研究は、おおむね順調に進められた。 青年期の鴎外の訳業については、『於母影』に収められた訳詩を分析した結果、ヨーロッパの詩の10音節を、自己の訳詩においても10音で再現しようとする、あるいは原詩が脚韻を踏んでいることを踏まえて鴎外が訳詩においても脚韻を再現しようとした等々、青年期の森鴎外が、異文化の詩の形式を、日本の訳詩においても反映しようとする、「文学作品の形式における異文化受容」を行おうとしていたことが解明された。 他方、鴎外は小説の翻訳においては、当時の日本人読者になじみのない文物が原作に登場した場合、それを日本化して訳出する等、単に「横のものを縦にする」のではなく、読者の欧米文化受容能力を勘案した、「異文化変容としての翻訳」をも行ったことが解明された。 このように、翻訳における鴎外の仕事は、原作の形式を忠実に日本語に反映せしめようとする方向性と、原作の中にある要素の一部を日本化して受容・変容せしめようとする、大きな二つの方向性があることが解明された。以上のように、第1年度の研究はかなりの進捗を見せたものと言える。 ただ、『獨逸日記』を手がかりに、より深く考察を行うという面では、第1年度では十分な考察を行う時間的ゆとりが得られず、第2年度以降に引き継ぐべき課題としたい。 以上のような理由により、第1年度の研究の進捗状況は「概ね順調に進展」と評価しうる。
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Strategy for Future Research Activity |
第2年度においては、翻訳とメディアの相関を、鴎外の翻訳文体の観点から考察する予定である。それゆえ、鴎外の翻訳が、その初出時において、どのような新聞・雑誌メディアで発表されたかに着目し、とりわけ青年期の鴎外――さまざまな文体上の実験的試みを行っていた時代の鴎外――に関し、文語体の訳文と言文一致体の訳文の相違と、発表メディアの違いを調査する予定である。 具体的には、新聞メディアに関し、明治時代の「大新聞」「小新聞」の差異に着目する予定である。「大新聞」は政治に関する論評を積極的に行う方向性を強く打ち出したメディアで、そこに掲載された記事の文体も、漢文調・文語調が中心であった。それに対し「小新聞」は、巷間の噂話やゴシップ的な内容をも報道する、娯楽性を求める読者のニーズに対応した記事を掲載するメディアであり、そこでは文語調から言文一致体への変容が見られたと目される。 鴎外は様々なメディアで翻訳(初出)を発表したが、こうした「大新聞」「小新聞」の性格の違いに応じて、鴎外の翻訳文体も、発表メディアの性格に応じて変化したのではないかと想定される。今後の研究は、こうした「森鴎外における、翻訳文体と発表メディアの相関」の観点から行う予定である。
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Causes of Carryover |
第1年度において、森鴎外に関する基本書籍の購入をはかり、また東京都文京区にある森鴎外記念館に出張調査を行う等、当初の予定に従う予算使用を行った。しかし、当初予定していた海外文献調査のための出張が行えなかったため、次年度使用額が生じた。 第2年度においては、鴎外の異文化受容・異文化変容を知るための必読文献である、明治期独逸学関連の古書の収集を積極的に行い、また集めた古書の電子データ化を図る予定である。これに加え、森鴎外記念館への出張調査を積極的に行い、異文化受容に関する基本図書の購入も進める予定である。また「今後の研究の推進方策」で記したように、鴎外の翻訳の初出が、どのようなメディアに掲載されたかも本研究の重要な課題となるので、明治期の新聞・雑誌のマイクロ・フィルム版を収集する等の方策により、研究費の適正な使用を行う予定である。
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Research Products
(1 results)