2018 Fiscal Year Research-status Report
異文化受容及び文化変容としての森鴎外初期翻訳作品の研究
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17K02592
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
中 直一 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 教授 (50143326)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 森鴎外 / 比較文学 / 翻訳 / ヨーロッパ文学 / 異文化理解 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、森鴎外の初期の翻訳作品の翻訳原本を探し、鴎外の訳文と原文を対照する研究を進めたが、とりわけドイツロマン派の作家・クライストの「聖ドミンゴ島での婚約」(鴎外訳のタイトルは「悪因縁」)に焦点を絞り、鴎外の翻訳の特質を究明する研究に着手した。その結果、初期の鴎外の翻訳がかなり自由なものとなっていること、すなわち原文の一部を訳さずに省略する場合がある一方、原文にない創作的・説明的な文章を訳文の中に挿入している場合があるという実態が解明された。この点については、近々研究成果を論文にまとめて発表することが出来る段階に至っている。 また資料収集の面では、鴎外の訳業を明治翻訳文化史全体の中で考察するため、明治時代の翻訳家の訳業を示す資料として、『明治文化資料叢書 第9巻 翻訳文学篇』、『明治文化全集 第14巻 飜譯文藝篇』、『明治文學全集 第7巻 明治飜譯文學集』等を収集した。また、鴎外の子供が著した回想記も収集し、日常生活の中から翻訳家森鴎外の実像を解明するよすがとした。さらに鴎外自身の翻訳に関しては、初期鴎外の翻訳が掲載された『國民之友』、『しがらみ草紙』、『水沫集』などの初出誌ないし再掲書籍を調査し得た。これらに掲載された初出訳を、岩波版鴎外全集に掲載された訳文と対比することで、鴎外の訳文の変化の実態を解明することが出来る。本年度は、上記「悪因縁」のほか、「地震」、「即興詩人」等の初出訳、再出訳について、明治時代に刊行された雑誌に掲載された当初の形を収集した。 実地調査の面では、東京都文京区立森鴎外記念館に都合4回調査出張をなし、同館に展示される諸資料、とりわけ少年時代に通った進文学社に関する資料、東京医学校におけるドイツ語学習の資料、あるいはドイツ留学時代におけるドイツ人との交流やドイツ文化との接触を示す資料を重点的に閲覧する機会を得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
森鴎外の翻訳については、初期の翻訳「悪因縁」を研究対象として、詳細な分析をなし得た。翻訳の原典については、鴎外文庫に収められているKleist, Die Verlobung in St.Domingoのコピーを入手し、鴎外の書込箇所についても詳細に調査のうえ、鴎外が原本のどのような部分を翻訳で省略したかを解明し得た。このように、翻訳研究の面では、大きな研究成果が得られた。 明治期の翻訳文化史全体の中に森鴎外の訳業を位置付ける、という研究目的に関しては、明治期の鴎外以外の翻訳を多数収めた『明治文化資料叢書 第9巻 翻訳文学篇』、『明治文化全集 第14巻 飜譯文藝篇』、『明治文學全集 第7巻 明治飜譯文學集』等を収集し、調査を開始した。明治期の翻訳は、後世の研究者から「義訳」・「乱訳」・「豪傑訳」と評されることがある。つまり現代のように厳密・正確な翻訳を志向したものばかりとは言えないのが明治期の翻訳界であった。鴎外の訳業も、このような風潮の中で再考察する必要があり、その意味で、今回収集した明治期の諸翻訳は、今後の研究の出発点となる資料である。このように資料収集の面でも、本年度は、おおむね順調に研究が進展したと評価し得る。 実地調査の面では、東京都文京区の森鴎外記念館に4度研究調査出張をなし得た。鴎外記念館においては、鴎外のドイツ語修行の実態を表す資料を閲覧し、またドイツ留学時代の資料にも接することが出来た。実地調査の面でも、本年度はおおむね順調な研究の進展が見られたと言い得る。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度は、鴎外訳「悪因縁」と、その翻訳原本であるKleist, Die Verlobung in St. Domingoの対比調査の結果を論文として発表の予定である。それに続き、同じくクライストの作品「チリの地震」を、鴎外訳「地震」と対比の予定である。 さらに鴎外初期の翻訳作品のみならず、中期の翻訳作品である「即興詩人」に枠を広げて研究を進めると同時に、鴎外の訳文が文語体であるか、言文一致体であるかによる翻訳姿勢の差異についても研究を進める予定である。現時点での予備調査の結果によれば、言文一致体の訳文の方が比較的自由度の高い訳を行い、文語体では自由度が低いものと目されるが、但し、文語体の鴎外訳の中にもかなり省略があったり、訳者鴎外の創作的付加があったりと、単純化して結論が出せない面もある。この点について慎重に調査を進める予定である。 実地調査の面では、東京都文京区の森鴎外記念館における調査を継続すると同時に、あらたに、鴎外の生地である島根県津和野の森鴎外記念館における調査も実施したいと考えている。さらに、鴎外の留学先であるベルリン、ドレスデン、ミュンヘンのうち、ベルリンを中心に現地調査を行い、ベルリンの森鴎外記念館における現地調査も計画している。 資料収集の面では、明治時代の雑誌「しがらみ草紙」を中心に、2018年度に引き続き、鴎外訳の初出を収集すると同時に、他の雑誌類、たとえば「少年園」のほか、鴎外の翻訳を多く掲載した「読売新聞」についても、マイクロフィルム等から原初の形での翻訳コピーを収集する予定である。
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Causes of Carryover |
資料収集の面で、2018年度はかなり多くの古書を購入し得たが、予定より安価に購入出来たため、次年度使用額が生じた。また現地調査の面では、当初予定していた島根県津和野の森鴎外記念館への出張調査が出来なかったため、これも次年度繰越金が生じる原因となった。 本年度は、古書籍の収集を継続すると同時に、前年度なし得なかった津和野の森鴎外記念館への出張等での科研費使用を計画している。
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Research Products
(1 results)