2019 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
17K02600
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
鷲見 洋一 慶應義塾大学, 文学部(三田), 名誉教授 (20051675)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | ディドロ / 共時性 / 圏域 / 歴史研究 / 18世紀 / 啓蒙主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
「共時性」重視の方法でディドロを論じるために、1762年という1年間に研究対象を限定して記述を行うのが本研究の目的である。ディドロ個人の問題(ミクロシステム)がこの年全体の問題(マクロシステム)でもあったことを論証するために、多角的な方法を採用して研究を進めてきた。これまでの3年間で、かなりの進捗を実現できたと考える。以下の通りである。 1:基本資料として、『王立暦1762年』とジェーズ『パリ現状報告』、諸種の出版物や定期刊行物、また18世紀60年代から世紀後半を席巻した「アルマナ」ジャンルを精読して新知見をえた。2:ディドロの書簡(1762年7月14日付の愛人ソフィー・ヴォラン宛て)を分析した。この手紙の構造が、ディドロ個人の問題(ミクロシステム)を集中的に要約していると考えるからである。3:事件論をおさらいし、生活常態に「闖入」してくる外発性の出来事について、1762年の歴史を見直した。4:研究全体を統括する10の「圏域」のうち、「自然圏域」と「生活圏域」について、ディドロをはじめとする個人の私生活を例に取りながら記述。 5:さらに、従来多くの18世紀研究者が取り上げてきた圏域をまとめて考察した。すなわち、「政治圏域」(ヴェルサイユを中心とした世界)と、政治圏域に類似しながら区別されるべき新しい「公共圏域」(いわゆる近代的「メディア」の誕生)を明確化。そして「経済圏域」(農業)、「思想圏域」(ルソーの傑作など)、「表象圏域」(いわゆる文化活動全般、文学・演劇・絵画・音楽など)を調査した。 また、以上に述べたテーマのうち、とりわけディドロに関わる部分を掘り下げて、「通時性」にたいする「共時性」研究の試みとして、単行書を刊行した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
フランス啓蒙哲学者ドニ・ディドロの生活・思想・文学を新しく捉え返すのが本研究の眼目である。人文系研究者の「メンタルモデル」になっている「通時性」重視の歴史観ではなく、同時代の社会状況や歴史背景、あるいはディドロ周辺のさまざまな個人や集団の動向や心性と関連づけて、「共時性」重視の方法でディドロを論じたいと考え、1762年という1年間に研究対象を限定し、ディドロの抱えた問題がこの年全体の問題でもあったことの論証を試みて、かなりの成果を挙げることができた。1762年は啓蒙主義全盛期を象徴するに足る波乱に富んだ1年である。だが、膨大な資料博捜が事象・事件の羅列に終わらないためにも、10種類の「圏域」概念を導入し、1年全体を理論構築と実践記述の両面から構造化するようにつとめた。その一端は、すでに2019年秋、単行書『いま・ここのポリフォニー』としてぷねうま舎より刊行している。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度は、前述の8つの「圏域」に加えて、残りの2つ、「ユートピア圏域」と「隠蔽圏域」を取り上げる。「ユートピア圏域」はゲスナー『牧歌』やマクファースン翻案『オシアン』など、現実社会ではほとんどありえないような夢や夢想や感傷の作物で満たされる。ディドロをはじめとする際だった個性の息継ぎの場所であり、楽園である。ここでは作家たち個人の感性と時代の思潮とが幸福な出会いを見せるであろう。 「隠蔽圏域」はいわば事件論の総仕上げである。主として定期刊行物の記事から漏れ落ちてしまう生々しい現実と、記事になっても変形され、歪曲されて報道される出来事(ラ・ショーの処刑、検閲、リスボンの異端審問など)を取り上げ、そうした操作と編集の過程で、「事件」のもつインパクトが弱められて、一般社会の常態に吸収されていく消息を確認する。そして、ディドロ個人について言えば、7月14日付の書簡から出発した「共時性」研究の旅が、未刊の『ラモーの甥』を構成する複雑な要素の解読と開示という形で終わることになる。
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Causes of Carryover |
年度最後に予定していたパリ出張(フランス『百科全書』研究組織ENCCREでの報告やメンバーとの情報交換)が、折からのコロナウィルスの蔓延によって事実上不可能になった。また、2019年9月、慶應義塾大学において開催した日仏国際シンポジウム報告書の準備・刊行もウィルス禍の影響で果たせず、来年度に見送られた。 そのため、急遽予定を変更して、2020年度の予算に組み込んでいた和書・洋書を購入し、残余を次年度に延びたシンポジウム報告書印刷・刊行に充てることにした次第である。
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