2017 Fiscal Year Research-status Report
チリのポスト軍政期文学の挑戦:スリータとエルティッツの文学に関する総合的研究
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17K02618
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
松本 健二 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 准教授 (00283838)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | ラテンアメリカ文学 / 現代詩 / チリ |
Outline of Annual Research Achievements |
29年度は研究計画に従いスリータの初期2詩集に絞り研究を進めた。前提となる問題意識として、自然災害や戦争などで大きなダメージを負った個人がそうした体験をいかにして他者に伝えるのか、また特定の時代や地域において体験された苦痛や希望といった実際には共有されにくい感情的負荷が、芸術や文学を介することで、どのような普遍的イメージへと変化するのか、という問いかけを念頭に置くことにした。 スリータが初期2詩集『煉獄』『楽園前』の執筆に至るまでには、1973年に起きたチリクーデターにおける拘束体験とその後の軍政下で関わった芸術活動について確認する必要がある。これについて資料を基に整理を進め、バルパライソ沖で3週間貨物船に拘束された際に後の様々な詩の原型的イメージが生まれていること、またCADA(芸術行動集団)での5度に及ぶパフォーマンスが後の詩における作風を決定づけるとともに、書物の枠に留まらない詩の表現媒体を構想させたことが分かった。 詩集『煉獄』はCADAにおける表現行為、とりわけ(初版の表紙でスリータ自身の顔面写真が採用されるなど)自傷パフォーマンスと関係が深いことが分かった。この詩集では詩における語り手に相当する詩的主体のアイデンティティが不安定で、それが独自の混沌と美学をもたらしている。それは自傷パフォーマンスと同様、表現者という「私」を様々な傷(=苦痛)の形をもつ他者の「私」に接続する試みであると考えることができる。 いっぽう詩集『楽園前』は、異なるコンテクストをもつ詩が相互に意味的関与を繰り返す構造を有することが分かった。また初版には1982年にニューヨークで行なった空中詩パフォーマンスの写真がテクストとして織り込まれ、その各行が収録されたページの前後の詩と密接に関係していることも分かった。 上記の成果は論文1本にまとめて刊行している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
29年度はスリータの初期2詩集の分析を主たる研究目標としていた。これについては研究実績で説明した通り概ね達成できている。研究計画では論文2本を予定していたが、これについては互いに関係し合う情報が多いことから一本にまとめることにした。 またサンティアゴにおける聞き取り調査に関しては、調査という規模ではないが、平成30年3月に資料収集で同市を訪れた際、スリータに会うことができた。私的な会合であったためいわゆるインタビューの形は取らなかったが、いくつか貴重な情報を本人の口から得ることができた。 研究成果の公表に関しては、論文以外に、東京スペイン語文学研究会で口頭発表を行なった。
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Strategy for Future Research Activity |
30年度は研究計画に従いエルティッツの作品研究を進めることにする。資料収集がやや遅れているため、できるだけ早期に研究環境を(資料面で)整えるところから始めて、計画通り論文を刊行することを目指したい。 同時にスリータの中期以降の詩集に関しても資料面での整備を進め、31年度の研究計画を予定通り遂行できるよう、準備を進めておく。
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